蛍の一日〜とある日々〜

白峰 渚

「あ、トムさん…お願いがあるんですけど」
蛍が二階の窓から、家の外を歩くトムに呼びかける。
「トムさ〜ん、お願いがあるんですけれど〜、トムさ〜ん」
しかし、肝心のトムはそ知らぬふりをして通りすぎようとする。
と…その時、トムの頭に壷が落下する。
「ごはぁぁっ! てめっ…蛍! 壷落とすなんざどういう了見して…頭が割れるぅぅ!」
「わ…私じゃないですよ〜」
「他に誰がいるんだよ!」
「し…知りませんよぉ」

−訓練場−
「どうしました? 渚隊長」
「うん? いや、壷投げてただけ」

「で…? 何の用事だよ?」
「あ、はい。お買い物につきあって欲しいんです」
「一人で行けよ、一人で…」
「重たい物は苦手で…」
嘘ではないが、本当でもない。病魔に体を蝕まれている蛍の体には常人を遥かに下回る体力しかない。しかし他人に心配をかけるのを嫌う蛍は、それを明かした事はない。

「で? 何買うんだよ?」
「洋服です」
「よぉふくぅ? あにすんだよ、そんなもん。着物で充分じゃん」
「はぁ、それはそうなんですけど」
「大体、洋服なんて着たら、帝国嫌いの連中に難癖つけられたって文句は言えないぜ?」
「はぁ、それはそうなんですけど」
「そんな状況だから洋服売ってる店自体少ないし」
「はぁ、それはそうなんですけど」
「大体、お前俺に惚れてるだろ」
「生まれ変わってもそんな感情は抱かないと神に誓えますが」
「…」
「…」

蛍が購入したのは、黄色のワンピースであった。小さな店の店主が自ら仕立てたという代物だ。
「あの店主も物好きだね〜、自分で作ってまで洋服屋続けるなんて」
「でも、おかげで素敵なお洋服が手に入りました」
「いつ着るんだよ、それ…」
「帝国とクレアムーンが平和になった時・・でしょうか?」
「そんないつになるか分かんねぇ事の為に…お前も物好きだよな〜、渚の壷好きも相当なもんだけど…いや、ありゃ病気か…」
「はぁい、トム君、元気そうだね〜♪」
トムの頭を突如現れた渚が背後から、がっしりと掴む。
「あ、お姉ちゃん」
「げこっ」
「うあ、変な悲鳴。ところでトム君、これから化石の成り立ちを勉強しに行くんだ、手伝ってね〜♪」
「な…何手伝うんだよ…」
「化石の作り方の実験♪」
「…埋める気か!? 埋める気だなぁっ! 蛍、ヘルプミー!」
「あ…そのぉ…お元気で」
「薄情者ぉぉ!」
どこまでも青く、鳥を追いかけて男が爆走する空の下には…戦争から離れた、平和な日常の姿があった。

(2002.09.25)


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