帝都ラグライナ、本日ハ晴天也(何

白峰 渚

その日、ルーデルは散策をしていた。何となく、の気晴らしである。
そして、通りがかった士官学校の敷地の中にその姿を確認した。
その女性はルーデルの姿を確認すると、手を振りながら声をかけてきた。
「…何をしている?」
「わかんない」
「……」
「何、その目」
「……(溜息)」
「うあ、すっごいムカつく。殴っていいかな?」
「…(殴ってから言うな…)」


「…何を信じていいかね、分からなかったんだ」
歩きながら渚が言う。
「アタシは白峰渚。それは分かる。でも、アタシには「3年間の記憶」がない」
「…」
「クレアムーンへ行って戦っていた渚の心。それが私には分からない。『渚』と『私』は、明らかに別人なんだよ」
「……」
「あ」
「?」
渚はある一点を指し示した。そこには、南から運んできた果物のジュースを売る屋台があった。
「覚えてる? アレ。昔飲んだヤツと同じだ。あ…あのオジさん、ヤセたかな?」
「……」
「ね、ね、ルーデル君」
「…(…何だ?)」
「アレ飲みたい」
「…………」


「んでさ、ルーデル君。私が自身と『渚』に相違を感じているなら、何をもって私は『渚』と名乗ればいいと思う?」
「……共通点、だな」
「正解。私と『渚』の共通点、それはね…」
「……」
「あ」
「?」
「うあ、凄いよ、これ。なんでスプーン? と思ってたら、中の果肉、多少残してあるんだ〜。あ、冷たくて美味し〜♪」
「……」 「ん〜、ぐれーどあっぷ、ってヤツ? しあわせ〜」
「……【咳払い】」
「どしたの? 風邪?」
「……(違う…)」
「冗談だってば」
スプーンを振りながら渚が言う。
「つまりね、私と『渚』の共通点は…あ、ガレスだ」
思わず振り向くが、誰もいない。
「……(誰もいないぞ…)」
振り向くと、渚の唇に触れた。
「…!」
「へへ…つまり、こういう事。私も『渚』も君が好き。なら、私はその感情をもって『渚』と名乗れるんだよ」
「……」
「だから…私はルーデル君の為に何でもするよ。君を命懸けで守ってあげる」
そう、例えその為に何人殺してでも…と、渚は心の中で付け加えた。
自身の恋愛感情しかしか頼るものがない故に。
男が不器用であるが故に。
押しつぶされそうな不安に囲まれているが故に。
渚の心は、ある種の崩壊を見せていた。
「あ、ガレス」
「…(その手に2度はひっかからん…)」
余裕の笑みを浮かべるルーデルの頭を、背後からがっしりとした手が鷲づかみにした。
「ふっ…この糞餓鬼が……ヒトん家の娘の唇奪うたぁ…命捨てる覚悟はできてんだろぉな?」
「…(…命、か…渚の為なら、あるいは…)」
「そうかそうか、そりゃいい覚悟だ。じゃ、死んで貰おうか」
爽やかな悪魔…そんな顔でガレスが言った。
「……!(…意味合いが違う…こんなところで死ぬつもりはない!)」
ガレスの手を振り切り、ルーデルが走り出す。
「待てこんクソガキャ! 思いっきり苦しめてからゆっっっくりと時間をかけてブチ殺してやるから止まれ!」
「……(待ってたまるか…!)」
常に危険と隣り合わせの日常…しかし、平和な日常の風景であった。





「え〜っと…あ、ありました…」
嬉しそうに、一人の少女が瓶を掴んだ。
「これ、ください♪」
「あいよ!」
店の主人が愛想良く答える。
「しかし、ホタルちゃんは梅干好きだねぇ」
「あ、はい。梅干をお粥に入れて食べると、美味しくて…」
少し顔を赤らめながら言う。
店の主人は、3年前の蛍を知っている…いわば、旧知の仲であった。
「そういえば…ルーデル将軍を、ガレスさんが悪魔のような顔して追いかけてたよ」
思い出したように言う主人。
蛍にはその光景が容易に想像できて、思わず頭を抱えてしまう。
「あの光景見るのも3年ぶりだけどさ、賑やかでいいよなって話してたんだ」
「そ・・・そぉですか・・・」
苦笑する蛍の肩を、誰かがぽん、と叩いた。
「う…ひゃあぅっ!?」
「うわっ!?」
「ありゃ、アームズさん、いらっしゃい」
「あ・・・あぁ〜むずさん?」
声の裏返った蛍が後ろを振り向くと、そこに居たのは確かにアーネスト・アームズ本人であった。
「また会ったな、お嬢ちゃん」
「ありゃ、知り合いなのかい」
「ええ、ちょっとした知り合いでしてね」

蛍は深呼吸をしてから、アームズに抗議の声をあげた。
「酷いです! いきなり脅かすなんて! それに…ま、また子供扱いして!」
「分かった分かった。またオムライス食べるか?」
「・・・・・・・え〜と」
一呼吸程の時間の後、アームズと店の主人は大爆笑していた。
蛍が顔を真っ赤にしてそれに抗議する。
「ちょ…何で笑うんですか!? お…おじさんまで…ちょ…ちょっと…!」
笑いが収まった後、涙を拭きながらアームズは言った。
「ごめんごめん、あ〜、久しぶりに大笑いしたなぁ…ぷっ! くくっ…」
「…もういいです」
「あ〜あ、蛍ちゃん、すっかりいじけちゃって…笑いすぎだよ、アームズさん」
「ご主人だって大笑いしてたじゃないですか…」
「だって…ねぇ・・ぷっ…くく…」
「く…ぷぷ…」
「…ど〜せ私は子供ですよ〜だ…」
地面に「の」の字を書く蛍をなだめながらアームズは言った。
「まぁまぁ、お詫びに好きなとこ連れてってあげるから…」
「…好きなとこ、ですか?」
「ああ、どこがいい?」
「…処刑場」
「え?」
アームズが野太い声に振り返ると、そこには息を切らしながら凄まじい表情で立っているガレスがいた。
「…ガ…ガレスさん、違うんです、あの、その…」
「俺は処刑場に行きてぇなぁ…そこで人の娘を誘拐しようとしてる輩の首を叩き落すんだ。楽しいだろぉなぁ…」
「あ…アームズさん、逃げましょう。ここに居たらガレスさんに殺されちゃいますよ?」
「い…いくら何でもそれは…」
「ガレスさん、怒ったら本気で怖いんですよ! 敵将の首を素手でもぎ取ったって噂もあるくらいなんですからっ!」
「も・・もぎと…っ…!」

自分の首がもぎとられる様をリアルに想像して、思わず青ざめる。
「…に、逃げよう!」
「くぅおらぁぁあ! 蛍をどこに連れてく気だ、この変質者がぁぁ! ケツから槍刺しこんで口まで通してやるから大人しくしやがれぇ!」

ガレスの罵声が帝都に響く…今日の天気は、雲一つない晴れであった。

(2002.10.17)


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