母と葡萄畑
ネル&ルドルフ
「母上…もし貴女が生きていて…今の私の姿を御覧になられたら何とおっしゃるのでしょう…父上と二人の兄を殺したこの血で汚れた手を見て悲しまれるのか…それとも…」
ルドルフ・フォン・ゲーレン邸の葡萄園を抜けた先に一つの墓がある。ルドルフはその墓の前で静かに目を閉じてから花を添え、夜明けの風と共にその場から立ち去った。
ポケットから取り出したナイフで色づいた葡萄を一房刈り取り葡萄園を見渡す。この葡萄園は母が残した物でありワインを作る為に、母が亡き後は自分一人で手入れをしてきたのである。誰にも立ち入る事を許さずボディーガードさえ中には入れない。
「この葡萄の一粒一粒が帝国の貴族だ…周りが腐っても私は立派な一粒になってみせる…そして残りの全ての粒をこの私が食い潰してやる…」
小さい時に捨てられこの家の母親に拾われ大事に育ててもらった。しかし、母親亡き後は家族から愛されず除け者にされ迫害されてきた。亡き母に対する思いだけが幼少時代のの支えであった。
人一倍平和を愛する母親だった…今の自分を見てどう思うのだろう?ゲーレン家を手に入れるため親と兄弟を謀殺し、裏世界に身を投じ、他の貴族を倒して戦乱の世を利用し、また力をつけようとしている。
「私は間違ってない…激動の時代…非情になれんヤツは落ちぶれるだけだ…」
裏で手を組み、裏切り、謀殺してきた。自分も命を狙われた事もある。全ては勝ち残る為なのだ。これが戦乱の世の常なのだと思っているし、それが悪い事だとも思ってはいない。
「…ふっ、母上…私は甘くないぞ…」
いつものようにブツブツと呟きながら葡萄園から家の方へ引き返す。葡萄園の入り口の前に置いてある椅子にネルが座って朝日を見上げていた。出てきたルドルフに気付き、ゆっくりと立ち上がる。その姿にルドルフは一度足をとめたが、また静かに歩き出した。
「ルドルフ様、葡萄の出来具合は如何でしたか?」
いつもの笑顔でネルはルドルフの斜め後ろにつく。
「あぁ…今年の葡萄は…出来の悪い葡萄ばかりだ…中には素晴らしく出来の良いのもあるがな…ブツブツ…」
ネルは残念といった感じの表情を見せるがルドルフは無表情のままである。
「出来の悪い葡萄など刈り取る意味も無い、勝手に腐って地に落ちる…だが出来の良い葡萄は自らの手で刈り取って喰わねばな…フフフ…」
「ルドルフ様……」
静かに笑うルドルフと不安気な表情を見せるネル。もうすぐ戦いが始まろうとしていたとある朝の話。
葡萄園の墓の存在は誰も知らない…(終)
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