疑惑の宴

ネル&ルドルフ

 一台の馬車がゆっくりとした速さで帝国のストリートを進んでゆく。帝国貴族「ルドルフ・フォン・ゲーレン」の馬車である。帝国の有力貴族が主催する晩餐会に招かれ、帝都の会場に向かっているのである。
「ルドルフ様、もう少しで到着のようです。」
 帝国第三騎士団副官のネル・ハミルトンもルドルフのボディーガードとして同じくパーティー会場に向かう馬車に乗っていた。ネルの掛けた言葉にルドルフが何も言わずに一度頷く。そして馬車は敷地に入ってゆく…

 ルドルフの馬車が降り場に着いた時に後ろからもう一台の馬車がやってくる。菖蒲の紋章…「マドリガーレ家」の馬車である。ルドルフはそれを見て怪訝そうな表情を浮かべた。その馬車から護衛のナハトが先に降り、ソフィア・マドリガーレとリリエが順に降りた。ルドルフは会釈をしながらソフィアとリリエに声を掛けた。
「今宵は月も美しく…テラスでワインを飲みながら月を眺めるのも良いでしょう…」
 会場までご一緒しましょうとマドリガーレ家の面々を笑顔で促す。リリエがムッとした表情を見せるのを見て、ルドルフは気づかれないように口元を緩める。ネルは廊下を進む一団の最後尾からついていく、その隣には同じく最後尾についたマドリガーレ家の護衛のナハトが周りを警戒している。それを見たネルもキョロキョロとあからさまに警戒しているような仕草で辺りを警戒する。ナハトはネルの行動を見て内心苦笑するのであった。

 パーティ会場は豪華そのものだった。ダンスホールの周りにテーブルが並べられており、優雅なダンスを見ながらの夕食会というようになっている。一同は8人座れる円状のテーブルに一組の貴族の老夫婦を加えて着席する。
「おお、有名な貴族の方々とご同席出来て光栄の極みです。」
 人の良さそうな老貴族はソフィアとルドルフに会釈する。
「こちらこそ光栄です」
 ソフィアもにこやかに返答する。しかしルドルフは一度会釈をすると何も言わずに立ち去ってしまった。誰か探していた人を見つけたようで、小走りで遠くのテーブルに座る貴族の所に向かった。
「ええと…ルドルフ様も喜んでおられると思います。」
 立ち去ったルドルフの代わりにネルが代弁をする。そうですか、と老貴族も安堵の溜息を漏らした。
「それを聞いて安心しました。っと…息子が来ないので心配です…何をやっているのだ…」
 老貴族は隣の一つ空いた空席を見て落ち着かない表情で首をかしげる。
「ご子息がいらっしゃるのですか?」
 リリエが老貴族に声を掛ける。
「はい…息子には期待しているのです。こういう機会に多くの貴族の方に顔を見せておいた方が良いと思い連れて来たのですが…」
 貴族同士の会話が進む中、護衛の2人はただ静かに座っているだけであった。

 席を外したルドルフと元から一つあいている席の2つの空席を残したまま晩餐会は始まった。次々とテーブルに食事が並べられ、ホールの中央ではダンスが始まった。テーブルではソフィアに近づこうとする貴族が次々とやってくる。あっけに取られるネルにナハトが野菜を口に運びながら小声で囁く。
「………お前の主が声を掛けていたあの貴族…誰だか知っているか?」
 いきなり声を掛けられ、驚きの表情を見せた。
「いえ、存じません…貴族の方でしょうけど…有名な方なのですか?」
「ああ…『月の塔』ではそこそこ有名になっている…貴族のフリをした暗殺者だ。」
 その言葉を聞いてネルは絶句した。ネルはルドルフが裏世界に通じている事をしらない…ネルの表情を見てナハトはまた料理に向き直って野菜を食べ始める。そこにルドルフがようやく戻ってきた。
「遅くなって申し訳ない、挨拶周りをしてきたもので…」
 ゆっくりと席に座る。ネルはいつもと変わらぬルドルフを見て色々と考え込む。それをナハトが横目で見る。
「お前の主は…」
 またナハトがネルに声を掛けようとしたその時、ダンスが終わり主催者のスピーチが始まった。会場中が静まりかえり、主催者の声に耳を傾ける。ナハトも掛けようとした言葉を胸にしまい込み、静かにスピーチに耳を傾けた。

 パーティはそのまま何事も無く終わった…かのように見えた。最後まで老貴族の息子が席に座る事は無かったのである。衛兵達が隈なく会場中を捜索した後に、老貴族の乗ってきた馬車の中で死体となって発見される事となった。悲しみにくれる老貴族夫婦の後ろで一瞬笑みを浮かべたルドルフをナハトは見逃さなかった…

(2002.10.18)


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