吹雪
水薙 雷夏
聖都クレアへと続く橋の上にて、水薙雷夏は待機していた・・・。 前方にはクレアムーン国軍の厚い守備陣、後方には後続の帝国軍が到着しつつある・・・。 水薙雷夏の仕事はクレアの守備部隊の牽制と前線に出る帝国部隊の援護である。 無論、彼が前に出るという選択肢も存在する・・・だが、それを決めるのは彼の判断ではない。 彼に全体的な戦略思考は持ち合わせていない・・・。
そして、クレア方面軍司令官である空翔三郎は未だに―――既に補給を終えて前線に 合流するために進軍しつつあるが―――到達していない。 司令官の空が前線に復帰するまでの間、クレア方面軍各部隊の司令はミル・クレープが代行として出している。 無論、空が合流すれば、彼の手によって司令が出される事となるのだが・・・。 ちなみに、不良軍人の鑑とも言うべき空がクレア方面軍司令官という大役を精力的に携わっているのは 本人曰く「早く、サボリの日々に戻りたい」という事らしい・・・。
聖都クレアへと続く橋の上にて、水薙雷夏は待機していた・・・。 前方にはクレアムーン国軍の厚い守備陣、後方には後続の帝国軍が到着しつつある・・・。 水薙雷夏の仕事はクレアの守備部隊の牽制と前線に出る帝国部隊の援護である。 無論、彼が前に出るという選択肢も存在する・・・だが、それを決めるのは彼の判断ではない。 彼に全体的な戦略思考は持ち合わせていない・・・。
そして、クレア方面軍司令官代行のミル・クレープの元へと走っていった父刀迦が彼女の指示を 聞いて戻ってくるまで、水薙雷夏は待機していた・・・・。
「・・・・・・・・・・・・・・・暇だ」 水薙雷夏の口から零れたその日最初の言葉がそれであった。 これが軍人であるならば、延々と待つ事はそれほど苦痛ではないかも知れない。 だが、不幸にも――尤も、この表現は彼にとって不適切かも知れないが――水薙雷夏は暗殺者であり軍人ではなかった。 彼が今までやってきた事と言えば、暗殺―――平たく言えば「殺す」ただそれだけの行為なのだ。 無論、そこに待機する・指示を仰ぐなどと言った行為は全く無い。 最初に殺す標的の情報を知れば、あとは障害となる者と共に標的を殺すだけだったのだ。 この指示があるまで延々と待機、友軍の援護という行為は確実に稀代の暗殺者に苦痛を与えていたようである。
部隊を率いて戦場に出るという行動は、彼が今までの人生で、そしてこれからの人生においても 不用と切り捨てた「モノ」を伴う事が極めて多いのだ。 個人の力で1つの部隊を壊滅できるなどという出鱈目な力を持つ者は絶無である。 それ故に、軍隊には軍隊を編成して対抗するという事は雷夏とて熟知している。
それ以前に、この他人には極めて無関心である水薙の後継にとって、2000人近くの人間と 関わらざるを得ないという状況そのものが不快なものであった・・・。 しかも性質の悪い事に2000人という人数が最低限の人数である。 そして、この2000人という人数の犠牲を極力抑えつつ敵に打撃を与えなければならないのだ それこそ呼吸をするのと同じように当たり前の感覚で「足手まといと邪魔者は死ね」と言い切る 雷夏にとっては面倒極まりない事実である。
「・・・・・・割の合わぬ仕事と思いかけていたが、やはりつまらぬ仕事か・・・面倒な・・・」 水薙雷夏の口から零れたその日二度目の言葉がそれであった。 たしかにクレアの将軍達は「素人」の見地から見ても部隊を率いる将としては手強い。 その事実を覆す程、水薙家の暗殺者は退屈を感じていた―――平たく言えば暇という事である。 人は今まで経験をしていなかった行為に新鮮さを感じる事はある。 水薙雷夏にとって「部隊を率いる」という行為がそれに当たる―――だが、彼がそれに新鮮さを感じた事はない。 その新鮮さを感じる感情すら無視できる程、この世界屈指の他人に無関心な暗殺者が今までの人生で、 そしてこれからの人生においても不用と切り捨てた「モノ」を伴う事が極めて多かったのだ。
水薙雷夏は思う・・・。 部隊を率いるというものが、自分にとってこれほど退屈かつ精神衛生上不快感しか感じぬモノならば、 二度も三度も携わりたいとは思わぬと・・・。 そして、今後はこの手の依頼は誰が何と言おうとも二度と受けぬと心の底で誓った。 ――――――結果としては、彼のその誓いは果たされる事はなかったのだが。
聖都クレアへと続く橋の上にて、水薙雷夏は待機していた・・・。 父、水薙刀迦が戻ってくるまで待機していた・・・。
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