第九夜
結城 紗耶
飛鳥の協力により、初陣を勝利で飾った紗耶の部隊は、
一時体制を立て直す為に、撤退をしていた。
紗耶「本当にありがとうございます。飛鳥さんがいなければ今頃は…」
飛鳥「何を謙虚な事を言われますか。もっとご自身に自信を持ってください」
紗耶「…はい」
紗耶は少々照れくさそうに俯くと、嬉しそうな笑顔で頬を赤らめた。
その後、今後の方針を決めるべく飛鳥との打ち合わせの最中に、その者は現れた。
男「紗耶殿は、こちらにおいでですか?」
紗耶「わたしが紗耶ですけど?」
飛鳥「何者ですか」
男「これは申し遅れました。私は紗耶殿のお父上に、この手紙を届けるように仰せつかった者です」
紗耶「お父様から?」
男「確かにお渡ししましたぞ。では失礼いたします」
そう言うと男は、姿を消した。
今まで紗耶の方から近状報告を兼ね、手紙を出す事は度々あったが、
父からの手紙は一切無かった。
今までの返事が纏めてきたものかと、ちょっとした期待を持ちながら読み始めた
紗耶の表情は固まっていた。
飛鳥「どうなさいましたか?」
紗耶「飛鳥さん、申し訳ありません。私は故郷に帰らねばならないようです」
飛鳥「突然何を言い出すのですか!? 今は1人でも優秀な者が必要な時なのですよ?」
紗耶「判っています。私はクレアに来てから、様々な方々の優しさを受け、
人々の生き様を見、色々な人と出会い、そして戦争の齎す悲しさを学んだつもりです。
でも、やはり私には私の生き方があるようなのです。
そう、私が結城家に生まれる前から…」
手紙には、今まで紗耶には知らされていなかった真実が書かれていた。
直接呼び戻さなかったのは、紗耶に生きる選択を与えようとした、父の優しさなのかもしれない。
だが、初めて知らされた事であるのに、紗耶には随分昔から知っていたような、
何の違和感も覚えなかった。それが極当然であるかのように。
飛鳥「そうですか。残念と言えば、それが正直な気持ちです。
しかし紗耶さんに、そこまでの決心させる内容の手紙なのでしょう。
麻耶様には私から伝えておきます。後の事は私に任せてください」
紗耶「ありがとうございます。これは私からのお願いなのですけど、よろしいですか?」
飛鳥「何でしょう?」
紗耶「少しの間でしたけど、戦争と言うものを目の当たりにしました。
皆、国を守る為に必死になって、国の為に命を捧げていました。
でも、国と言うのは命より大切なものなのでしょうか?
私には国よりも皆さんの命の方が大切に思えてなりません。
どうか皆さん、命を大切にしてください。たった1つの掛け替えの無いものなのですから」
飛鳥「…判りました。皆に伝えましょう」
飛鳥自身、命を奪い合う戦争の中、命を大切にしろと言われても、
それが机上の空論であると判っていたが、それでも飛鳥は首を縦に振っていた。
紗耶「では、荷物を纏めて参ります」
飛鳥「紗耶さんも、お達者で」
踵を返し、部屋の扉に手をかけた所で、紗耶は何かを思い出したかのように、
歩みを止めた。そして飛鳥の方を振り向きもせずに、言葉を繋いだ。
紗耶「エアードさんに…貴方と居れて幸せでしたとお願い致します…」
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