運命の日……?
セグトラ
「くそっ……」
共和国のとある酒場……多くの人で賑わう喧騒の中、ただ一人重く沈んだ空気を身に纏いセグトラはつぶやいた。
通いなれた酒場、いつも座るカウンター奥から2番目の席……普段と違うのは現在彼の置かれている状況だけ……。
半日前……早馬の知らせで兄たちがそろって戦死した事実を知った。
それからずっと頭を働かせ続けている。
(時間稼ぎの手は打った……しばらくはあの男に情報が流れる事はない……だけど……。)
そこから先の答えを導き出す事が出来ないまま、時間がだけ流れていた。
(このままだと……あの男が帰ると同時に軍に入れられる……。)
それを防ぐための答え……己の望む道を守るための答え……彼の一生に関わる……答え。
どれほど深く物思いに沈んでも、彼の父を納得させ、入隊を防ぐ手立てが思いつく事はない……。
深い思考の中で……ふと違和感に気付く。
最初に注文し、既に空になったグラスの隣に新たなグラスが置かれていた。
カクテルグラスの中に入った淡いピンク色の液体をみて、疑問符を浮かべる。
(私の周りに人はいない……と言う事は私のものか? 注文は……してないのに?)
疑問を解決できないまま視線を上げると、見たことのない店員の顔が目に入る。
おそらくは新人なのだろう。少なくとも一昨日の時点では見たことがない。
その青年が微笑み、口を開く。
「あちらのお客様からです。」
その手の指し示す方向には男がいた……。
4つ席を挟んだ所に座っていたその男は、いかにも遊んでいる感じのする男だった。
(あいつが……私に酒を?)
停止していた思考が再びフル稼働し始める。
ほんの数秒で答えは出た……というより、この状況で答えは一つしかないだろう……。
(ようは、私を女と勘違いして……誘ってるわけですか……。)
それも無理からぬ事であったかもしれない。
セグトラは男のわりに背は低く、年のわりに童顔で……女と言われれば、10人中8人は納得しそうな容姿をしているからだ。
普段なら……普段の彼であれば即座に相手に向かってグラスを投げつけ一発殴りつけていただろう……普段ならそれで終わっていたはずだった。
しかし……今日は違った。
突然の事でストレスのたまりまくった彼に、恰好のストレス解消アイテムが出来たのだ……。
男はグラスを持ち上げ乾杯の仕草をしてきた。
セグトラもそれに答え、乾杯の仕草をし一息にグラスの中身を流し込む……。
席を立ち、男の方へ向かうその顔には、どこか色香さえも漂わせる微笑が浮かび……男を誘いそのまま出口へとむかって歩く。
男の方もナンパが成功したとでも思っているのだろう……あつかましくも腰に手を回し、身体をよせ、上機嫌で出口へと歩き始める。
(…………まだ。まだがまん……。)
必死で嫌悪感と、殴り飛ばしたい衝動に耐えつつも、表情には決して出さず、一歩一歩出口へと近づいていく……。
いつしか店内は静寂に包まれ、店を出ようとする二人へと視線が注がれていた。
あるものは羨望と欲望の入り混じった目で……またあるものは同情と恐怖の目で二人を凝視していた。
そんな中、キィっと音を立て扉が開き、二人の姿が酒場から消え……元の喧騒が店内に戻ろうとしたその瞬間。
「私は男だぁぁぁ!!!!」
店内を揺るがすほどの地響きと共に……大音量の怒声が響き渡り……全ての客の動きが止まった……。
店の奥から出てきた酒場のマスターが、しまったという後悔の形相で姿を見せると同時に、再び扉が開き……妙に晴れやかな笑みを浮かべたセグトラが店内に入ってきた。
その背後に男の姿は無く……地面から生える2本の足だけが覗いていた……。
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