午睡

ソフィア

「……状況は?」
 ようやくベットから半身を起こせるほどに回復したソフィアは副官のリリエに尋ねた。二人きりだというのに、その顔にはいつもの見慣れた仮面がある……。
「私たちはカオルィア様の部隊と共に、キリグアイへの道を塞ぐ格好で展開しています。残りの部隊は全てキリグアイに撤退完了です」
 そのような主の姿を痛まし気な眼差しでリリエは見つめていたが、口調は事務的なまま応えた。
「そぉ……。被害を最小限に留められてよかったですね」
「ユーディス様より御伝言が……。本来であればもっと早くキリグアイに撤退して頂きたかったものの、全軍の状況から殿をお願いしたコト、申し訳ないとのお言伝です」
「そんなコト……。熱を出した私の事などお気に病むことはないのに……」
「あと、巷で妙な噂が」
「噂?」
「共和国のスパイマスター、エヴェリーナ殿がこちらに展開しております。……帝国と共和国、各々到底前線に出る事はないであろうと言われていた二人が同じ戦場に展開している事……。帝国軍撤退において、わざわざソフィア様がこちらに殿として残られた事……様々な憶測が飛び交っているようです」
「………私が病に伏していた事を隠していましたね?」
 ソフィアは軽く嘆息した。
「一度、お話をしてみたい方ではありますけれども……」
「そして……キロール様もこちらに展開しています」
「……」
 リリエの言葉が、いかなる変化を仮面の主に与えたのか……。
「…………そうですか……」
 10年以上ソフィアに仕え、仮面の奥の表情をも知り尽くした彼女をもってしても、この時の主の表情の変化は窺い知れないものであった。喜怒哀楽……それすら通り抜けたような、透明な微笑み……。
「………このお萩、美味しいですね」
 何も語らず、無表情な仮面の主がお萩に手を伸ばすのを見たリリエは、ただ黙って一礼するとその場をあとにしたのであった。

(2002.09.28)


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