一騎打ち・・・

ソフィア

「共和国軍のカオス将軍が、アリス将軍に一騎打ちを所望とのことです!」
 伝令は、予想されていた報告をそのまま持ってきていた。
「そうですか・・・・・・」
 報告を受け取ったソフィアは、何事もないかのように熱いコーヒーを飲みながら伝令を下がらせた。
 そして、そのまま何事もなかったかのように、サラサラと書類にペンを走らせ続ける。
「・・・・・・・・・・随分、落ち着いているんですね」
 もう慣れてしまったのか、それでも溜息をつきながらリリエが主に声をかけた。
「アリス将軍がいらっしゃらなければ、第12軍は指揮官不在・・・・・・。普通の思考をするなら妥当なトコロでしょう?」
「・・・・・・相手は、あの、カオス将軍ですよ??」
 絶大な個人戦闘力を誇る共和国屈指の剛の者である将軍の名前をリリエは挙げた。アリスも無論、一騎打ちに応じるだけの戦闘力を充分持っているが、女性の身でもあり、相手が悪い・・・・・・。
「かと言って将軍たちの戦いを、私たちが止められるわけもないでしょう。己の技量と運のみが勝敗をつける神聖な戦いに、部外者は口を挟むべきではありません」
 仮面の女性は、何事もないかのようにペンを走らせ続けていた。

「何っっ??」
 カオス将軍が、アリス将軍に一騎打ちを申し込んだ事は、帝国軍北東方面軍にあっという間に早馬で知らされた。
「やっぱり、というか・・・・・・」
 モンレッドの南に位置する帝国領キリグアイ。
 妹たちを無事に送り出したユーディスとアオヌマシズマの下にも、早馬は届いていた。
「やっぱり、もっと早くキリグアイに下がってもらうべきだったかなぁ・・・・・・」
「言わんこっちゃない。弱っちいくせにあんなトコで頑張ってるから狙われんだよね〜。」
「アリス将軍を失えば、ソフィア様のカリスマだけで軍を率いることは難しい・・・・・・そこを共和国軍に狙われたら・・・・・・」
「それを分かった上であのねーちゃんは承諾した。でしょ? 自己責任だね・・・。」
 髪をかきまぜるユーディス・ロンドの姿を、同僚のアオヌマシズマは面白くもなさそうな顔で茶化した。そのしなやかな指先には一本のシガレット・・・・・・。普通と違うのは、尋常ではない紫色の煙が漂ってるところである。
「カオルィア将軍の援護をアテにするしかないな・・・・・・・」
「一騎打ちだろ? アテも何もないじゃん」
 最近、めきめきと頭角を現してきた帝国の若き将軍の苦悩に、シズマが冷静にツッコミをいれた。
「ま、最悪の場合でも、あのねーちゃんの素顔が拝めるだけ良しとしよーか」
「そーゆーのはあんま口にするもんじゃないぞ。仮にも仲間なんだから」
「ユーっちだってあの仮面は気に食わないって言ってたじゃん」
「それはそうなんだけどさ〜。ソフィア様って怖い時と親しげな時と、両極端だから最近良く分かんなくて」
「何が?」
「いや、何と言うか、色々と」
「ふーん・・・」
 ふぅっ、と煙を吐き出して、別にどうでも良い事のように受け流すシズマ。
「ま、どーせボク達の軍は再編中だし、どうしようもないって」
「・・・・・・・・・・・・ヴィネやミーシャがいてくれたら、今すぐにでもモンレッドに突入するのに・・・・・・」
 若き才子は、自分の最も大切にしている妹たちの名前を口に出さずはいられなかった。

「ふ〜ん」
 伝令からの報告を受け取ったカオルィアは、興味深げにカオス将軍の部隊が展開する方向をみやった。
「てっきり、こっちに来るかと思ってたけど・・・・・・。アリス将軍を叩いて、弱体化したソフィアの軍の方が組易しと読んだ・・・・・・?」
 カオルィアの目にも、アリス将軍の不利は明らかであった。
 しかし、またアリス将軍が挑戦を受ける事もよく分かっていた・・・・・・。
「いつでも出られるようにしておきなさい。ここは必ず死守します」

「別に仮面の奥の素顔に興味はないんですけど・・・・・・」
 鋼鉄参謀の下にも、早馬は届いていた。
「これで、共和国軍を2部隊ひきつけられるんだとしたら、立派に殿の役目は果たしたと言えるのですから、それはそれでよかったのかもしれませんね」
 彼女の下には、別の方面からの増援要請も来ている。
「ま、なるようになるでしょう・・・・・・・」
 淡々と副官の紅に呟くと、鋼鉄参謀は軍の移動の準備に入った。

「それでは、いってまいります」
 律儀にアリス将軍は頭を下げた。
「気をつけていって下さいね」
 複雑な表情をしているリリエを横に、ソフィアは普段と変わっているところはドコにもないように見受けられた。
「貴女は将軍・・・・・・。貴女には貴女で守られなければならないモノがある事は、武人でない私にもよく分かります。それは、私如きが口を出して良いコトではありません。でも・・・・・・」
 アリスもまた、武人としての節と、そして万が一己に何かあった場合、このCrimson Knightsがどうなってしまうかを考えた時の躊躇・・・・・・その狭間に悩んでいたのである。しかし、彼女・・・・・・アリスは何よりもまず帝国の将軍であったのだ。
「・・・・・・・・・・」
 ソフィアは、軽く溜息をついた。
 アリスが部屋に入ってきてから、それは初めての感情の発露であったかもしれない。
「無事に、戻ってきて下さい。一騎打ちに敗れた者への仕打ち・・・・・・貴女がそのような目にあうことは、私が許しません。勝たなくても良いのです。ただ、無事に戻ってきてください」
 それは、プラチナの悪魔でもなく、マドリガーレ侯の息女でもなく、帝国軍第12軍を率いる将軍の言葉でもなく、ただ、ソフィア・マドリガーレという一人の言葉であった。
「ソフィアさま・・・・・・」
 にこりと。
 アリスは忘れられないような笑みを浮かべた。
「はい?」
「ソフィアさまの願い、何とか叶えられるように頑張ります。だから、一つだけお願いがあるんですけど・・・・・・」
 悪戯っぽくアリスはクスクスと笑った。
「一度だけ、お顔を見せて下さい」
「・・・・・・・・・・そんなに見たがるようなものではないですよ・・・・・・」
 願いを言った方が、拍子抜けするほどあっさりとソフィアは頷いた。
 パチリ、と。
 金具が外される音がした。
 隣に立つリリエも、止めようとはしない。
「・・・・・・・・これで、よろしいですか?」
 かすかに、はにかむような表情がその下にはあった。どこか困ったような目でアリスを見るその眼差し・・・・・・・・・・。頬にプラチナの髪が流れる。
「ありがとうございます」
 アリスは深々と一礼した。
「お約束いたします。必ず、また、お側に戻る、と」
 顔を上げたアリスの目には、仮面を手に取り、自分を見つめている素顔のソフィアがいた。
「では・・・・・・・!」
 その眼差しから、自ら強引に視線をもぎ離すと、アリスは決然と背を向け、決戦の場に向かったのである。

 そして。
「ただいま戻りました!」
 傷ついた鎧。
 泥と、汗と、血で飾られた勝利の女神・・・・・・・。
「勝てませんでした」
 クスっと。
 その顔が絶品の笑顔を浮かべた。その視線の向こうには、お茶の用意をしていたソフィアが、眩しそうに目を細めているのが見える。
「おかえりなさい」
 ふわりと。
 その儚げな眼差しが崩れ、柔らかな声が朱唇が漏れる。
「お茶も我慢して、お待ちしていました」
 クスクスと笑うソフィアの姿に、アリスの視界が曇る。
「リリエも、心配していましたよ・・・・・・お茶が冷めてしまうんじゃないかって。御自慢のホームメイド・アップルパイが固くなってしまうんじゃないかって」
「間に合いましたか?」
 やや明るめに開かれたカーテンを、主の身体を心配して厚めに閉じながら、アリスは尋ねた。暖かな湯気を立てるコーヒーの香り・・・・・・・そして、パリっとした焼き上がりが見事なアップルパイから、答えは明らかであったというのに。
「ええ」
 その瞳は、はっきりとアリスを見つめていた。
「・・・・・・おかえりなさい」
 暖炉の上に置かれた主なき仮面が、お茶会の情景を静かに眺めていた・・・・・・。

(2002.10.01 / 2002.10.02)


年表一覧を見る
キャラクター一覧を見る
●SS一覧を見る(最新帝国共和国クレア王国
設定情報一覧を見る
イラストを見る
扉ページへ戻る

『Elegy III』オフィシャルサイトへ移動する