病室にて・・・

ソフィア

 ルーン攻防戦における「あの凄惨な結末」・・・プラチナの悪魔の名を更に血塗られたものにし、Crimson Knightsをその名の通り鮮赤に染め上げた事件の数日後。
 ルーデルとネルが、ルーンに駐屯しているソフィアの下を訪れていた。
「・・・・・・・・・・」
 通されたのは、ルーンでも大きな屋敷を収用したのであろう、その最も奥まった部屋である。
「こんにちは」
 陽射しを避けるためであろう。リリエに案内された部屋の中央は、緻密なレースのカーテンで幾重にも仕切られており、その向こうにかすかに人影が見える。
「お熱を出された、と聞いたのですけど、お加減は如何ですか?」
「相変わらずですね・・・。もう少し御自分の御身体に気を使って頂ければ周囲も助かるのですけど・・・」
 帝都でもルーデルやネルとは顔見知りのリリエは、溜息を漏らすと一礼して部屋を辞した。鏡台に置かれた白銀の仮面が、訪問者たちを冷たい眼差しで見つめている。
「うわぁ・・・」
 一瞬眩暈を覚えるほどのバラの香気が二人を包むが、その甘い芳香に忍ばせられているかのように、強烈な存在感があるのをひしひしと感じる。・・・それが、目の前にいる悪魔と呼ばれる女性のモノなのか、はたまた常に影のように寄り添う「番犬」のモノなのかは分からなかったが・・・。
「ユーディスさまにシュークリームをお見舞いにお送りしましたら、ロンド家名産とのことで、薔薇の花を沢山頂きました」
 共和国の勇将キロールと壮絶な戦いを繰り広げ、現在は負傷し前線を退いている帝国軍の若きホープの名前が、ソフィアの口からこぼれた。
「今日、お伺いしたのは他でもありません」
 沈黙を貫くルーデルの横で、ネルはゆっくりと切り出した。彼女には、どうしても確かめたい事があったのだ。
「道中、様々な話が耳に入りました。ソフィア様の軍が急遽ルーン入りし、侵入したクレア軍を撃破したこと、そして、そのあとの事・・・。あれは、ソフィア様がその手を汚されたのですか?」
「それが、どうしましたか?」
「・・・・・・・・・・」
 何事もないかのような・・・その透明感すら覚える声に、ネルは一瞬息を呑んだ。
「何故、そんな事を?」
 仮面を外した彼女が、カーテンの向こうでどのような表情をしているのを確かめたい衝動にすら駆られたが、鉄のような意志で踏みとどまる。無論、厳しく押し留めるルーデルの視線もあったのだが・・・。
「なるほど。嘘も言わなければ、真実も言わない、というわけか」
 初めて口を開いたルーデルの言葉に、今度はプラチナの悪魔が沈黙する。
「あのパーティの時、ユーディス様の窮地をお救いになられたソフィア様と、今のソフィア様・・・。本当のお顔はどちらなんですか?」
「・・・・・・・・・・」
 一瞬の沈黙。そして、その時彼女は一体何を考えていたのであろか・・・。
「人という魂は、所詮は肉体という牢獄に閉じ込められた囚人にすぎないのではないですか? 私を他の方がどうおっしゃろうとも、どのように見ようとも、その各々が、その方々にとっての真実の姿なのではないですか?」
「・・・・・・・・・・」
 その言葉に、一瞬、何か哀しげな色がルーデルの瞳をよぎったように思えたのは、ネルの気のせいであっただろうか・・・。もっともルーデルの側近くに仕え、沈黙の中からそのココロの機微を読み取る彼女は、一体何を読み取ったのだろうか・・・。
「・・・お加減が悪い中、長居をしてしまいました。では、そろそろ失礼いたします」
 頃合だと見計らったかのように、自然な動作でネルは立ち上がり、ルーデルと共に部屋を出ようとする。
「・・・・・・・・・・」
 だが、思わず、ネルはもう一度、プラチナの悪魔と呼ばれる彼女を振り返らずにはいられなかった。
「・・・・・・・・・・」
 一体、見えるはずのないカーテンの向こうの人影の瞳は何色であったのだろうか。
 ・・・かすかに赤みがかっているように思えたのは、きっとネルの気のせいだったに違いない。

(2002.10.12)


年表一覧を見る
キャラクター一覧を見る
●SS一覧を見る(最新帝国共和国クレア王国
設定情報一覧を見る
イラストを見る
扉ページへ戻る

『Elegy III』オフィシャルサイトへ移動する