リュッカ・・・

ソフィア

「・・・まったく・・・」
 リュッカ。
 帝都を出立した帝国軍第12軍は、アリス将軍の手腕もあり、一人の脱落者を出す事もなく、一気に戦場まで到達していた。
「貴女が将軍として軍を率いる事になった時も驚きましたけれども、こうして前線に出るなんて・・・しかも反帝国軍と直接矛を交えるだなんて、想像もしていませんでしたよ。この点に関しては、一度陛下とゆっくり話し合う必要がありますね・・・」
 仕方のなさそうな表情を浮かべながら、リリエは可能な限り優しく主の二の腕に注射針を突き刺した。
「・・・・・・」
 ピクっと、その白い肌が震えるのに一瞬柔らかな柳眉が曇るが、ゆっくりと無色透明な薬液が注入していく。
「今度の相手は、風華さんですか・・・・・・。将軍も勇猛果敢ですけれども、何よりもその配下の者一人一人が将軍に忠誠を誓い、団結しているところが素晴らしいですね」
「何を他人事のように・・・」
 心なしか、常人よりも色が薄いように思われる血をカーゼで丁寧に拭うと、リリエは溜息をついた。眩しいほどの白に紅の対比が美しいが、それを眺めるリリエの瞳は哀しそうにしか見えない・・・。
「いいですか。私は貴女が戦場に出るのは反対なんです。ルーデルさまにも、空さまにも申し上げたように、人には得手不得手というものがあるんです」
「そんなにお嫌なら、帝都で待っていてもよかったのに・・・」
「また、そぉいう事を・・・」
 クスクスと笑うソフィアを、仕方のなさそうな顔で睨むと(と言っても流し目にしか見えないのだが・・・)リリエは柔らかなショートヘアをかきあげる。
「大体、敵の壊滅や捕虜に興味がない貴女が、何だってこんなトコまで・・・」
「ルーデルさまや空さまに是非、と仰られれば、お断りするわけにもいかないでしょう」
「・・・貴女がそんなに義理堅い人間だったとは知りませんでした。・・・いえ・・・前から<貴女>はそうでしたね・・・」
 もう一度、嘆息すると、そこには優秀な副官の姿に戻った彼女がいた。
「先ほどアリス将軍ともお話したのですが、ソフィアさまにはもう少し我慢して頂いて、再度強行、そして風華さまの部隊に突撃を敢行。先方に月の塔のモノを500程・・・。こちらの被害は度外視して、相手に可能な限りのダメージを与え、あとは他の帝国軍の将軍のみなさまにお任せいたしましょう。シズマさま、水薙さま、フォルクスさま・・・みなさま、貴女とは違って優秀な将軍ばかりですから・・・」
「・・・そおいう嫌味を言うようになったんですね。軍の指揮についてはアリス将軍に全てお任せしています。よろしいようになさって下さい。私は置物のようにおとなしくしていのすから・・・」
 クスクスと笑うソフィアを、腰に手を当てたリリエが妹を諭す姉のような表情で睨む。
「貴女が、全然人の言うコトを聞いてくれないからです」
「こちらを奪回したとして、共和国のカオスさまも迫られています。リュッカに向かわれるのか、ルーンに向かわれるのか、はたまた陽動か・・・。神ならぬ身には分からぬお話ですね」
 全然関係のないコトを呟くソフィアを、再び複雑な表情でリリエは眺めるが、確かにそれも懸案事項の一つではある。余計な話をしている場合でもないと思い返し、その唇を開いた。
「アリス将軍と一騎打ちをされた、あのカオス将軍ですか・・・。正直、わが軍には荷が重いですね・・・。だ・か・ら、普段は嫌がる注射にも応じたワケですね。全く貴女という方は・・・」
 長期戦を覚悟の上で、リュッカに強行したのだろうか・・・。
 父である侯の目がある帝都では投薬、注射には仕方なく応じていても、戦場に出た時は、注射だけは拒んできたというのに。
「さあ?私には何も分からないですから・・・」

 その日の夜。
 アリス将軍の指揮の下、帝国第12軍は騎兵の脚を活かした突撃を敢行。風華将軍と矛を交える。
 先鋒となったモノたちは、事実上全滅。その殆どが、相打ちで果てたと言われる。
 戦場で、鎧も身に纏わず、何の得物も手にせず、裸馬に跨り飛び込んできた騎馬民族のような風体の一団・・・。触れた相手の骨を砕き、関節を引き千切り、時には相手の武器を奪い、それを自在に使いこなす異形のモノたち。一人殺せばその武器を投げ捨て、また素手で新たな兵士に挑みかかる黒一色の・・・。
「流石は、風華将軍・・・。軍の士気も高いですね・・・。まぁ、こんな感じでしょう」
 投入された月の塔のモノたちが役目を果たし、戦場に殆どが散ったとの報告を受けても、リリエの表情はぴくりとも動かなかったのである・・・。

(2002.10.19)


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