嵐の前の・・・
ソフィア
「共和国軍は、ラヴェリア議長を守るように防衛線を敷きました!」
「そう・・・」
伝令の言葉にも、さして何ら感慨を抱いた様子もなくソフィアは一口、マンデリンにくちづけた。
「・・・私たち帝国軍は皇帝陛下の軍。そして共和国軍は共和国の軍かと思っていましたけれども・・・」
伝令が去った後、白銀の仮面は遠くを眺めるように呟いた。
唐突な述懐に、イリスとアレクシスは顔を見合わせたが、唯一人、ネルだけはやや顔を強張らせたナハトに気がついていた。
「ユーディスさまと、モリスさまの方に共和国軍は??」
「全く向かう気配はございません」
レヴァイアで刃を交え、今は帝国の旗の下戦うイリスの応えに、ソフィアはもう一口、熱いコーヒーを口にふくむ。
「民が民意で議員を選び、その議員たちがあの議事堂で政事を司る・・・。そして、その議員たちの中から選ばれて議長が選出される・・・。<共和国軍>とは、その民を守る為の軍かと思っていましたけれども、どうやら違ったようですね」
「ソフィア、さま・・・??」
アレクシスが、その静かな言葉の真意に気付いた。
「共和国軍は、どうやら守るべき街、そして民よりも、その民に選ばれたに過ぎない<議長>を守る事を選んだのですね・・・」
「・・・所詮、そんなものです・・・我が軍も疲労の極致、おそらく共和国・・というよりラヴェリアさまはここで決戦を挑むのでしょう」
「一日で覇権を決める・・・天下分け目の?」
イリスの言葉にネルもまた言葉を重ねる。
「城砦都市だから『決戦の一日位は』囲まれても陥ちない・・・。守るべき軍のいない城砦都市、そしてその都市に生きる民たちにとって、それが一体何の慰めになるのか・・・ラヴェリアさまの御意志かどうかは分りませんが」
居並ぶ諸将の耳にも、それは皮肉に聞こえるには淡々としすぎていた。
その、仮面の奥の瞼には「共和国の為に100度戦い、100度死ぬ」と誇り高く宣したかの勇将の姿が浮かんでいたのだろうか・・・。
「ならば望み通り『最後の戦い』を繰り広げましょう、そしてラヴェリアさまを討った後は来ない援軍に震える首都を落とすのです。そして帝国に赦しを乞う議員の命は助けなさい。誇り高く<共和国の理想>に殉じて死ぬようならば放っておきなさい。あの難攻不落といわれた城塞都市を囲んでいるのはモリスさまでしたね」
「あと、ユーディスさまです」
「・・・モリスさまのところに、一隊を差し向けて下さい」
あるか無きかの、かすかな躊躇いに気付いたのは、その場に居る者全てであった。
「共和国に、降伏勧告はしないのですか??」
イリスは、自分が何処か昏い眼差しをしている事を自覚していた。
「イリスさまたち・・・そして姫もまた、己の国の民を守る為に戦われておりました。だからこそ、貴女は私の言葉に耳を傾けたのでしょう? 敵軍に包囲された、守るべき民を、街を離れて陣を敷き、救援の軍も出さない軍隊に、何故そんな事をしなければならないのですか?」
見えすぎる眼差しを持っていたが故に、悪魔の囁きに囚われた悲運の賢将は、黙って昏い眼差しを地面に落とした。
「・・・それに、私は無駄な努力はしないコトにしているのです」
「でも、やってみないと・・・」
近衛騎士の正装も美しい、そして優しいネルの言葉に、黙ってナハトは肩をすくめた。・・・主の言葉は分りきっていたのだ。
「沸騰した湯に素手を入れれば火傷をします。・・・世の中には、やってみなくても分るコトが幾らでもあります」
「・・・でも・・・・」
それでも、ネルは言葉を重ねようとしたが、そんなソフィアを痛々しい想いで見つめるナハトの視線に気付き、言葉を呑む。
ナゼ・・・?? 何故、そんなに・・・??
セルレディカ時代の帝国とラヴェリア時代の共和国・・・。
その最大にして最後の戦い「ノスティーライナの戦い」開戦はその数日後であった。
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