事が過ぎて思うこと
空 翔三郎
二度の戦闘での被害により帝国第4部隊はシチルの戦線から
ここ、バライの街へと戻っていた。
戦闘が終わったからではなく、次の戦闘に備えるために。
その指揮を執っているのはミルだった、空の方は相変わらず
サボって街へでも出ているのだろう。だが、今はそれで良かった。
(今は、忙しい方がいい・・・)
シチルでのことは、逃げずに受けとめなければならないと思う。
だが時には忘れられていられる時間も欲しかった。
あの後も、色々なことがあったから・・・
あの後・・・叢雲を介抱していて、何度も言われた。
「殺して」と、涙を流しながら何度も言っていた。
空のしたことはそんなに深く心に傷を負わせたのかという思いと
その場に居合わせながら止められなかったという罪の意識、
そして同じ女性として自分も同じ目に合っていたのかもしれない
という思いとで、ミルの胸中は複雑だった。
だが、その後で分かったことはミルをもっと複雑な気分にさせた。
空が叢雲と知り合いだったらしいということ
捕らえる時すでに「殺して」と言っていたということ
空が実際に女性にあんなことをするというだけでもショックだった。
それなのに、相手が知り合いだったなんて・・・
殺させてはいけないと思ったから出て行かなかった。
どれだけの思いをしてあの場に踏み止まっていたか・・・
でも、実は彼女は殺されることをこそ望んでいた。
それでは、自分のしたこととは?
空は全てを知った上であんなことをしたのだろう。
何故、あんなことを・・・・・・
考えていてもなかなか答えは出なかった。
そして、その空はというと・・・いつも通りだった。
翌日には今まで見ていた通りの空だった。
軽い口調と性格で、すぐに自分をからかう。仕事はサボる。
いつでもお酒を飲んでいて騒動が好きな、いつもの空だった。
帝都に居た時も戦場に出てからも同じ、いつもの空だった。
分からない・・・どうにも、分からなかった。
叢雲が天幕からいなくなったと報告が来た時もそうだ。
「さよけ、了解」
それだけだった。まるでそうなると分かっていたかのように・・・
分からない・・・一体何を考えているのか、どういうつもりなのか
今回のことを受けとめるには、まだ時間がかかりそうだった。
そんな時、空から話を聞かされた。
部隊を離れて後方支援に回ってもらいたいと。
それは確かに自分に向いた仕事だったが、前線での戦功をと
望む限りでは不本意な話だ。しかし、今は・・・
「ほいじゃ、すまんばってんよろしゅうの」
「暫く戦場から離れて、落ちついてもう一度考えてみます・・・」
高山都市ティルへと発つ日、いつものように頭を撫でてくる空に対して
ミルの方はいつものようにその手を払いのけたりはしなかった。
少し俯いたまま、静かな声でそう答える。
「ま、答えは各人でちゃうからの。
ミル嬢ちゃんはミル嬢ちゃんなりの答えを見つけや。
・・・次会う時にゃ、いつもの反応が返ってくんことを期待しとるよ」
「・・・・・・」
空の言葉にミルは何も答えなかった。
ただ、悲しいとも嬉しいともつかないような曖昧な笑みを浮かべる。
そして一礼するとティルの方角へと去っていくのだった。
「またの」
遠ざかる背中に一言だけ呟き、空も背を向けて歩き出す。
シチルでの戦いはまだ終わっていないのだから。
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