回想 ―下町にて―
空 翔三郎
帝都ラグライナ軍施設にて、二人の女性が並んで歩きながら話していた。
一人はバーネット=L・クルサード、血の十字を軍旗に掲げる帝国第13部隊の将軍である。
いま一人はヒルデ・クルサード、バーネットの実の妹であった。
「姉さん、もう前線に戻るって本当なの?もう少し休んでからの方が・・・」
「ヒルデは心配し過ぎだよ。それに敵は待っちゃくれないからね」
先頃、帝国南方で発生したレヴァイアの反乱にバーネットは軍を率いて討伐に向かったのだが
部隊は壊滅。バーネット自身は拷問を受けたものの帝都への帰還を果たしていた。
帝国第10部隊に従軍していたヒルデは補給にと下がったキリグアイでそのことを知り、部隊の
再編成を行うわずかの間を利用してバーネットの元を訪れていたのだった。
「うん・・・でも、あまり無理はしないでね」
「ああ、分かってるよ。ん? あれは・・・」
「え?」
すっとバーネットの目が細まる。ヒルデもそちらに視線を移した。
二人が目を向けた先にはクレア風の服装をした男が一人、歩いていた。
「さて、どーげん順に回ろっかなぁ・・・」
そう呟きながら空翔三郎は街の方へと向かっていた。
と、そこへ
バシッ!
突然、横から飛んできた拳を空は手の平で受け止めた。
「ほ、物騒な挨拶すんのう」
「翔さん、あんた負傷で戻ったばっかだろ。どこ行こうってんだい?」
「いや、病院はあまりに退屈やけえちょっと街にでもと思うての。帝都も久しぶりやし」
「あたしが今ここで法術食らわせて大人しくさせてやろうか?」
「くく、言うとくけどオレは接触した状態からでも『打ち』が出来んぞ?」
ギリギリと力比べの如き状態のまま、バーネットと空の睨み合いが続く。
ふ、と先に力を抜いたのはバーネットの方だった。
「やめた、怪我人相手にそこまでしてもね」
「あらあんがとさん、バーネット嬢ちゃん優しいね〜」
「は、よく言うよ。ふむ・・・」
何か思い付いたのか、バーネットは少し考え込んでから口を開いた。
「ヒルデ、翔さんについて街に行っておいで」
「え、姉さん?」
ただでさえ事態の展開についていけてなかったヒルデは姉の言葉に困惑していた。
「あたしはまだ部隊の方でやらなきゃいけないことがあるから構ってやれないんだ。
それにヒルデも帝都は久しぶりだろ? 翔さんの監視ついでに行っといで」
「監視ねぇ。ま、可愛い嬢ちゃんが一緒ってんは悪うないけどの」
「翔さん、ヒルデに妙なマネしたら首と胴を泣き別れさせるからね」
かか、と笑う空にバーネットは笑顔でそう告げるのだった。
そんなわけで、二人は街へ出てきていたが・・・ヒルデは驚いていた。
とにかくよく声をかけられるのだ。その内容も枚挙に暇が無い。
「よう」、「しばらく見なかったけど元気?」、「おう、これ持ってきな」
「怪我したフリしてサボりか?」、「今度また店にも寄ってくれよ」、「彼女?」
「早く帰ってきてね」、「また勝負しようぜ」、etc,etc・・・
店の人からすれ違う通行人まで、声をかけてくる人も実に様々だった。
「本当に知り合いが多いんですね」
「あん、よう出歩いとったかんの」
「サボりで、ですか」
「そうよ。ま、今日一日ついといでなぁ」
少し顔を険しくするヒルデに、空はそう言って笑うのだった。
言葉通り、それからあちこちの店を回った。
あるところでは苦情を聞いていた、またあるところでは相談を受けていた、そして
またあるところでは・・・と、そこここで色々なことをしていた。
「何か意外って顔しとるの」
「え?」
「ふふ、もっと酒と女に溺れとると思うとった?」
「そ、それは・・・」
何軒目かの店を出たところでヒルデは空に思うところを言われ言葉を詰まらせた。
「実際そういうとこも回るがの、そっちゃ夜が主っちだけで。
やっぱウチのバカ共が出入りすんのはそれ系のが多いしよ」
「あの、空将軍・・・」
「ん、何やい?」
「どうしてこういうことをなさっているのですか?」
「言ってしまやートラブルの軽減かの、後は動向調査みたいなモン。
部隊内で見せる顔と街で見せる顔とは違うこととかあるしな」
「問題が起きるのであれば規則を強化すれば良いのでは?」
「普通はそれでいいっちゃろうけどねぇ、ウチでそれは逆効果なんよ」
苦笑をもらしながら空は言葉を続ける。
「ウチ問題児ばっかやけえよ、締めつけ厳しゅうしたが躍起になって反発するんよね。
そげなんで決まりは責任の取れんこたすんなって一つだけ、かなり自由にさせとる」
「それはあまりに大雑把過ぎるのでは・・・」
「んー、ウチ型破りなの多いけえあんま細かいごと決めても意味無いんよ。
それに何より、オレ自身が人に細かいこと決められんの好かんしな」
そう言って空はヒルデの頭をくしゃっと撫でた。
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「で、そん後ヒルデ嬢ちゃん送ってから夜の街に繰り出そうとしたらバーネット嬢ちゃんに
どつき倒されたんよね・・・こっち怪我人やってのに本気でやんのやもんなぁ」
「まあ、そのくらいしないと空さんは止められないだろ」
空の対面に座す男は笑いながらピシッと一手打った。
「そらそうかもしれんけどな。王手っと」
「何っ!?」
「ちなみに七手詰みやぞ」
「いや、まてまて。うーん・・・」
「往生際悪いのう、次行くとこもあっし早いとこ認めぇな」
「まだいける、こうだ!(ピシッ)」
「そっちは五手詰みやが(ピシッ)」
「ぐあっ!」
頭を抱えている店主を横目に空はぐいっと酒を呷る。
「早いとこ戻って終わらさんとな・・・」
今も戦いの続く聖都の方を見やり、空は呟くのだった。
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