回想  ―シチルにて―

空 翔三郎

「すぅ・・・・・・はぁ・・・・・・」
ミル・クレープはあるドアの前で深呼吸していた、このドアをくぐってから
迎える事態のことを思うとどうしても気が引けてしまう。
しかし、これは自分がした約束なのだ。守らないわけにはいかない・・・
覚悟を決めたミルはドアを軽くノックした。

「失礼します・・・」
「ん、いらっしゃい」
明らかに緊張を含んだ声と共にドアをくぐりその部屋の中へと入る。
そんなミルに対して、空翔三郎はいつもと変わらぬ様子で声をかけた。

「ミル嬢ちゃんも一杯どう?」
「い、いえ、結構です」
「そけ、んーならもう寝るかな」
「あ、あうう・・・」
ん?と尋ねかける様に笑みを浮かべる空に、ミルは真っ赤になって俯いてしまう。

『希望が全く無いのも何ですからシチルを制圧した暁には添い寝だけは
 OKして差し上げましょう^^』
約1年半前、クレアとの戦闘が本格化する前に言ったこの一言。
それを、まさか空がここまでしっかり覚えているとは・・・
後悔先に立たず、とは今の自分のためにあるような言葉だとミルは思った。

「どったん、ミル嬢ちゃん。ぼーっと突っ立ってまって。早よこっちさ来て入りぃな」
はっと顔を上げると空はもうベッドに入って自分を待っている。

(や、約束は、約束ですから・・・それに一応、相手は空さまですし・・・
 ああ、でも空さまだからこそ危険が・・・でも・・・・・・)
思考がループしてしまいどうにもならない、そんな真っ赤になってモジモジしている
ミルの様子を空はさも楽しそうに眺めている。やがて、ようやく決心したのかミルは
ベッドへと近付いてきた。と、ベッドの上で線を引くように手を動かす。

「こ、ここからこっちに入っちゃダメですからね!」
顔を赤らめたままそれだけ言うと、ミルは空に背を向けてベッドに潜り込んだ。
少し背を丸めるようにして身を固くしているミルの様子に空は思わず苦笑を漏らす。

「こらこら・・・それやー添い寝にならんやろ?」
そう言うと、空は背を向けているミルを後ろから優しく抱きしめた。

「そ、空さま、こっちには入らないで下さいって」
「添い寝ってのは片方がもう片方に寄り添うことよ、離れて寝るんは添い寝言わんと。
 ミル嬢ちゃんが離れるんやったらオレが寄るっか無いやろ?」
ミルの抗議を途中で遮り空は更に体を寄せながら言葉を続ける。

「オレがミル嬢ちゃんに寄るか、ミル嬢ちゃんがオレに寄るか。二つに一つ、どっちがええ?」
「わ、分かりました! ですから・・・い、一度離れて頂けませんか?」 
耳元で囁くように声をかけられミルは完全にパニックになっていた。
空が少し離れた間に何とか自分を落ち着かせようとする・・・
ややあって、空の方に向き直るとそっと空の腕に自分の腕を絡ませた。

「こ・・・これで、よろしいんですよね?」
「ん、ええよー。ゆっくり休みなぁ」
「空さまの隣でなんて寝られるわけないじゃないですか!」
「あら、そげなこと言うて・・・ほな、もし寝てまったら何しても知らんよ?」
「へ、平気です! 寝たりなんかしませんから」
相変わらず真っ赤になりながら答えるミルに空はおかしそうに笑うと「楽しみやね〜」と
言葉を残し目を閉じた。さして経たずに穏やかな寝息が聞こえ始める。

(絶対に寝たりなんかしないんですから・・・)
そう固く心に誓ったミルではあったが、慣れない状況に気が張っていることに加え
日頃の疲れもあって、長くはもたずにその意識は夢の中へと落ちていった。

「にゅ? ん〜・・・」
可愛らしい声と共にミルは目を覚ました。朝の光が起き抜けの身には眩しい。
外は天気も良いようでいい一日が始まりそうな気がした。が

「ん、おはようさん」
びしっ
すぐ隣から聞こえた声にミルは石になったように固まってしまう。
そろ〜っと首を巡らせて声の主を確認してみる。先程声が聞こえた時点ですでに
分かってはいたのだが、そこにはやはり空が居てにこやかに自分を見ていた。

「そ、空さま? ええと・・・」
何故自分と空が一緒のベッドに居るのか?起き抜けなために頭の回転は上がらないが何とか
昨夜のことを思い出そうとする、確か・・・・・・次第にミルの表情は強張り額には汗が流れた。

「あ、あの・・・もしかして、ずっと?」
「あん、ミル嬢ちゃん寝顔も可愛えねぇ。堪能させてもろうたよ」
そう言って笑う空に対して
ぼんっ
と音がしそうな程に瞬間的に真っ赤になり、ミルは顔を伏せてしまう。

(そ、空さまに、空さまに〜)
しばらくの間、ミルの頭の中ではそれだけが巡り完全に思考が滞っていた。
昨晩、あれだけ寝ないと誓ったのに・・・と、そこでもう一つのことに気が付く。

「あの、空さま? 昨晩のお話ですけど・・・」
「ん? ああ、何されても知らんっち言うたの。何かされたか知りたい?」
「うっ・・・は、はい・・・」
「ふふ、内緒や。いやぁー、ミル嬢ちゃん可愛かったね〜♪」
「な、ななっ!!」
意味ありげな笑みを浮かべながら頭を撫でる空に、ミルはその手を払うのも忘れて
蒸気が出るのではと思えるくらい真っ赤になり口をぱくぱくさせるだけだった。

              ・
              ・
              ・
              ・

(あの後、しばらくはオレの顔まともに見れとらんかったね)
くく、と空は思い出し笑いをもらしていた。

「どしたい、ショウさん。何か面白いことでも?」
「ん? いや、ちょっとな」
皿を下げに来た店主に曖昧な答えを返すと空は席を立った。

「ごっそさん、いつもながら美味いな。金はここ置いとくよ」
「ああ、また来なよ。今度はあの可愛い子も連れてさ」
「ん、ミル嬢ちゃんここのデザート気に入っとったしな」
軽く手を上げて了承の意を示すと空は店を後にするのだった。

(2002.12.08)


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