回想  ―夕焼けの丘にて―

空 翔三郎

「は? 内政のこと教えろってか」
思わずといった感で聞き返す空翔三郎に、愛馬フガクに跨った
アリサ・H・フォックスバットは「そう」とあっさり頷いた。

「わたしそういうのってよく分かんなくってさー、だからショウさん教えてよ」
「そげなんはソフィア嬢ちゃんにでも聞いたがえくないけ?」
「ん・・・えっと、あんまりレベル高い人に聞いても分かんなさそうだからさ」
「そんで、オレかいな」
馬上のアリサは再び「そう」とあっさり頷く。

(オレがアリサ嬢ちゃんに教えられることねぇ・・・)
考えてはみるものの、やはりどうにも柄では無い。
やっぱ他のヤツに聞いてきたら? そう口を開きかけた時、

「それじゃあ今度教えてね、約束だよー」
そう言うが早いかアリサはフガクを走らせ行ってしまった。

「・・・人の話は最後まで聞いてけや」
後に残された空は思わずそう呟いていた。




「内政のことについて、ですか?」
「そ、アリサ嬢ちゃんに教えろっち言われてよ」
執務室に入った空は、副将であるミル・クレープにアリサからの
質問に答えるべく聞いてみていた。

「ミル嬢ちゃんそげなん詳しいやろ?
 どういうもんか簡単にでいいけえ説明してもらえんかの」
「それは構いませんけど・・・私からも一つ、よろしいですか?^^」
「おい、何?」
「たまっているお仕事、片付けて頂きたいんですけど^^」
チラ、と視線を走らせて確認する。
なるほど、デスクに積まれた書類の量はなかなかのものだ。
そういえば最近は普段よりも頻繁に出歩いていたような気がする。
妙ににこやかなのも頷けようというものだ。とりあえず・・・

「ん、その辺のこたウチの優秀な副将に任せてあっから」
「サボらないでお仕事して下さいね^^」
いつもより切り返し早いの。

「代行ってことやダメなん?」
「私では出来ないものもあるんです。それに本来は全て空さまのお仕事ですし^^」
説教始まるとメンドイな、トンズラ決定。

「それってぇーと、ちなみにどげなんがあんの?」
「そうですね、部隊の編成に関していくつか・・・あら? 空さま?」
ミルが書類に目を落とした、そのわずかな間に空の姿は掻き消えていた。




かりかり・・・かりかり・・・ペンを走らせる音が静かな室内に響いている。
壁にかけられた軍旗には虎を模した紋章とIIIの一文字、ここは帝国で
最も苛烈と称される帝国第三騎士団の執務室である。
そして今そこで政務に励む女性、第三騎士団副将たるネル・ハミルトンは

「〜〜〜〆(^^♪♪」
上機嫌であった。

コンコン

「まいどっ!(^^)/ 邪魔すんよー」
「あ、ショウさん。いらっしゃいです(^^)」
ノックの返事も待たずに入ってくる空に何事も無いように返答するネル、
どうも普段からこのような感じらしい。

「ほ、どしたん? えらいご機嫌のようやけど」
「うふふ・・・分かります?(^^)」
「あん、もーこれ以上ないってくらい」
明らかに普段よりにこやかなネルに空は笑いながら答える。
まあ大体の予想は付くのだが。

「実はですね、先ほど廊下で陛下とお会いしまして・・・
 それでその時ちょっとお話までしてしまったんですー(^^)」
うむ、やはり。内心で空は思いっきり納得していた。
ネルが皇帝に好意を寄せているのは帝国諸将の間でも有名な話だ。
しかし、これは恐らく・・・

「話といっても第三騎士団のことで少し聞かれただけなんですけどね(^^)
 はぁ・・・・・・でも、陛下・・・」
と、急に今までの明るさが嘘のように暗くなってしまう。
手は胸の前で軽く組み合わせれておりまるで何かに祈っているかのようだ。

「出来れば名前で呼んで頂きたいです。そこの者、とかだと・・・
 嬉しいことは嬉しいんですけど悲しいです(><。)」
どこか遠くを見つめるようにして瞳を潤ませているネルの様子に、空は
自分の予想が外れていなかったことを確信する。

(あー、こりゃ完全にセルのおっさんで頭ん中いっぱいやのう・・・)
この状態のネルとはあまりまともな会話にならないことを今までの経験から
知っている空は、撤退に移ることにした。

「ま、そーげん気にせんと。話の内容からしてとりあえずネル嬢ちゃんが
 第三騎士団所属ってのは分かってもらえとるみたいやしよ」
「はあ、そんなものでしょうか・・・(TT)」
「全く知られとらんっちわけでも無かし、こっから覚えてもらえんよう頑張りやー」
「・・・そうですね、一日も早くそうなるよう頑張ります(^^)」
「ん、ほな邪魔したぁー悪いけえオレは行くわ」
「はい、またですー〆(^^)」
再び仕事に戻るネルを背に空は部屋を出た。
余談だが、ネル本人はバリバリ仕事をしているつもりでも空から見ると
やはりどうにも遅い感じがしたというのはまた別の話である。




さて、次はどこへ行こうか。そう思いながら第三騎士団の執務室を出たところで
空はもう一人の第三騎士団副将、アレクシス・フォン・カイテルと出くわした。

「あ、空さん。こんちはです♪」
「ふむ、アレクシス嬢ちゃんか・・・」
空は軽く腕を組み、じー…っとアレクシスを見つめながら何事か考え込む。
一方のアレクシスは普段と違う空の反応に頭に?マークを浮かべている。
しばしの沈黙の後、空は一言発した。

「却下」
「何がいきなり却下ですかい、サブローさん」
「いや、三郎呼ぶんは止めぇや」
咄嗟のことでもこちらが無視しないであろう言葉を返してくる、いつもながら
アレクシスの機転のきかせ方はさすがだ。思わず苦笑が漏れる。

「で、何なんでしょーか。わけを話さないと無いこと無いこと触れ回って
 空さんの評判を地の底まで貶めますよ?(。。」
「ほう・・・」
がしっ
ヘッドロックをかまし、ことさら優しい笑顔で空は尋ねた。

「思う存分わしわししてええ?(^^)」
「と、年下に寛容な優しいお兄ちゃん希望です(;。。ノシ」
「ったく・・・ま、ええけどの。別に隠すようなことや無いし」
軽く頭を撫でてからアレクシスを解放し、空はアリサとの一件を話した。

「っちゅーこって、人んとこ訪ねて回りよったんよ」
「ふむふむ、なるほどです。それでしたら私に任せて下されば♪」
「じゃ、別んとこ行くからオレぁこれで」
「ああっ、完全に無視しやがりましたねっ!Σ(。。;)」
「いや、アレクシス嬢ちゃんに頼むと法外な要求されそうやし」
「はっはっはっ、ヤですねー。私と空さんの仲でそんなことしませんって♪
 ただちょっと騎馬2000用意して下さればそれで・・・(。。)」
「あー、前もそんなん言いよったの・・・一昨日来やがれ(==)」
いつものように何か微妙な空間を作り出している二人だった。




「あら珍しい」
あるサロンへと向かう途中、見かけた一人の少女に空は声をかけた。

「まいどっ!(^^)/」
「こんにちは、翔三郎さん」
す…と軽く会釈を返す、その仕草一つ取ってもどことなく
優雅な印象を受けるのは少女の育ちの故だろうか。
少女の名前はヴィネ・ロンド、帝国貴族の一つロンド家の長女である。
領地は片田舎だが最近になって鉱脈が発見されたことと、若くして
当主の座に着いたユーディスが新設部隊の指揮官となったことで
ロンド家の名は帝国内でもそれなりに知られるようになっていた。

「一人たぁー珍しいの、今日はユーの字一緒や無いのん?」
「にいさまはミーシャと部隊の訓練に当たってます。私は内務の処理と、
 後はこの先に居られる方にお礼を申し上げて来ましたから」
「ふん?」
この先、今から行こうとしていた先に居る人物と言えば・・・

「あん、パーティの件かの? 貴族のバカ息子ば取り付く島も無いごと
 ずばずば切って捨てたとか何とか。なかなか見物やったそうやの」
「いえ、それ程でも・・・」
「ほ、謙遜するの。それも自然によ。ユーの字の懐刀は優秀そやね〜」
「いえ、それ程でも・・・」
先程と言葉は同じだが顔が少し綻んでいて嬉しそうなのが見て取れる、
どうも兄のことについて触れられると反応が違うようだ。

(兄妹でシスコンとブラコンってのもあながち間違ってへんのかも・・・)
ヴィネの様子に、そんな噂の一つが空の頭を過ぎる。

「ふふ、しかしそうしてっと普通に年頃の女の子やの」
空は、笑いながら人によくやるようにヴィネの頭を撫でようとした。が、

「・・・・・・」
「・・・・・・」
「あー、ヴィネ嬢ちゃんよい?」
「はい、何でしょう?」
「なしてそげに離れるんやろ?」
「にいさまが、翔三郎さんが手を出してきたら5メートル離れるようにと」
「いや、何か手を出すってのの意味の取り方がちゃうような・・・
 しかしユーの字ならそういう意味で言うとってもおかしゅうはないか」
「はい」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
しばしの間、沈黙がその場を支配していた。




空は、薄暗くなっている廊下を歩いていた。
別に日が暮れたというわけでは無い、光を遮るように全ての窓に
カーテンが下りているのだ。そして、この場所は静かだった。
サロンとして開放されているのに人がほとんどいない、それは・・・

「まいどっ!(^^)/」
「こんにちは、空さん」
ソフィア・マドリガーレ、プラチナの悪魔と呼ばれるこの仮面の女性が
ここに居るからに他ならない。この場所に近寄らないようにわざわざ
遠回りする者もそう珍しくは無かった。
そんな中にあって、言うまでも無く空のようなのは例外の方である。

「今日は何のお誘いですか? お酒も一夜も共には出来ませんけど」
「いや、今回はそやのうしてやのう」
先に指摘される事柄に苦笑しつつ空は言葉を続ける。

「ちょっとな、内政のことについて教えて欲しいんよ」
「珍しいこともあるものですね。何かあったのですか?」
「あん、アリサ嬢ちゃんから聞かれてん」
空の分のカップを置きながらしっかり言いたいことを言っている
リリエの言葉を流し、空は事の経緯をかいつまんで話をする。

「っちゅーとこなんやけど、頼めっかの?」
「それは構いませんが・・・意外と面倒見よろしいんですね」
「ま、可愛い子からの頼みやしな。こうやって女んとこ回る口実にもなんし」
「そうですか・・・」
口元に手を当てながらソフィアは穏やかな笑みを浮かべる。

「それでは少しお話しましょうか」
「あ、簡単なことだけでええから。あんまムズイこと言われてもオレが分からんし」
「ご心配無く、承知していますよ」
クスクスと笑い合う二人に、空は苦笑を返すのみだった。


「・・・さて、そろそろお暇しよかね。時間とらせてまってすまんかったの」
そう言って空は、休憩と言うには少し長かったソフィアとの話を切り上げた。

「いえ、思ったより優秀でしたよ。もっと学ばれればよろしいのに」
「メンドイけえヤ、それに出来ること増やしたらやらされることも増えてまうやん」
「またそおいうことを・・・」
思わず苦笑をもらすソフィアに笑みを一つ返し、空は席を立った。

「リリエ嬢ちゃんもあんがとな、茶ぁ美味かったよ」
「ふふ、ありがとうございます」
見送りにと少し付いて出たリリエの頭を軽く撫でると空はその場を後にした。
つ…と主の視線が動くのを見ていたリリエは、片付けをしながら口を開く。

「さすがにあなたでも、あそこまで正面切って言われると返す言葉がありませんか?」
「何か言ったとして、それを聞くような方でも無いでしょう?」
しばし顔を見合わせるようにしてから、二人はまたクスクスと笑い合うのだった。




「えっと、ほんでやのう・・・」
後日、青空の下で空はアリサを相手に内政の講義をしていた。
人から聞いた話に空なりの解釈・感想が入っているので内容的には何だが、
この場合は特に問題無かった。
アリサにとって大事なのは空と一緒に過ごすこの時間、そのものだったから。

「・・・ってとこかな、こげんでいいかの?」
「えっ?・・・は、はい! ありがとうございます・・・」
「ふふ、ホントに話聞いとったんけ?」
「あ、そ、その・・・」
口ごもってしまうアリサに「やっぱりの」と空は笑いながら頭を撫でる。
そうやって撫でられながらアリサは一つのことを考えていた。
言おうか言うまいか・・・しばしの逡巡の後、アリサは空に訊ねた。

「ショウさん・・・やっぱり、戦争になるんでしょうか?」
「んー、まあそうなる可能性は高いのう」
「戦争になったら、人も馬も傷ついちゃいますよね。誰も傷つかないで・・・
 誰も悲しまないで済めばいいのにっていうのは、やっぱり奇麗事なのかな」
こんなことを言ってしまって空にどう思われただろうか?
そう思うと不安になってしまい、アリサは顔を上げていられず俯いてしまう。
そんなアリサの様子に空は、ふ…と微かに笑みを浮かべ言葉を紡いだ。

「昔、誰かが言いよったよ。奇麗事が現実(ホント)になったらいいねっち。
 奇麗事にすがるばっかで現実と向き合えんのはただのバカやけど・・・」
そこで言葉を一度切ると、空は拳を握りアリサの胸にぽす…と軽く当てる。

「ここに、それを置いて事に当たるんは、意味のあることやと思うよ」
「ショウさん・・・」
笑われなかった。バカなことを、とも言われなかった。ただ、認めてくれた。
アリサは、そのことを嬉しく思った。胸が熱くなるような・・・胸?

「あ、あの・・・」
そこでようやく空の手を意識して、アリサの顔が赤くなっていく。

「ん? ああ・・・アリサ嬢ちゃんも年頃やもんな、ちゃんと成長しとんの」
「うぐぅ・・・(///)」
すっかり真っ赤になってしまっているアリサに、空はからからと笑うのだった。
              ・
              ・
              ・
              ・

風の吹きすぎて行く丘で、空は変わらず物思いに耽っていた。
戦の始まる前と今、各人それぞれの戦いをしていることだろう。

「アリサ嬢ちゃんもな・・・」
聖都で壊滅する前に見たアリサの様子、前に出たところを集中的に攻撃され
浮き足立っていた、恐らく戦慣れしていなかったのだろう。
また戦場に立てるだろうか? 次は更に激しくなりそうだが・・・

「ま、とりあえず帰っかな」
周囲の景色が赤く染まり始めたのを見て空は立ち上がった。
どんなに考えても決めるのは・・・必要なら手を貸す、それだけのことだ。
そう思考をまとめると、空はもと来た方へと歩き出した。


「ふん? これぁー・・・また上手い具合に会わんもんやね」
自分の病室へと戻り、ベッド脇の台に置かれた酒とメモから見舞い客が
誰だったのかを悟ると空は苦笑を漏らした。
以前にシチルで壊滅した時もこうだった・・・メモに手を伸ばし、目を通す。
そこに記されていたのは予想通りの短い一言だった。

「お大事に、か。そっちこそ、大丈夫なんけ・・・」
日が沈み急速に暗くなっていく中、空の言葉を聞く者は誰も居なかった。

(2002.12.23)


年表一覧を見る
キャラクター一覧を見る
●SS一覧を見る(最新帝国共和国クレア王国
設定情報一覧を見る
イラストを見る
扉ページへ戻る

『Elegy III』オフィシャルサイトへ移動する