天敵

ヴェルナ・H・エイザー

ヴェルナ率いる第7部隊は聖都を離れて鬼哭の里に来ていた。
「ふぅ、鬼哭にいる駐屯兵は聖都に連れて行きましたし、帝都には工作兵を送り込みましたし(本当は一緒に行きたかったですの)・・・暇ですの」
この日 ヴェルナは完全に暇を持て余していた。
「来る時に持ってきた書物は一通り読み終わりましたし・・・う~ん・・・」
何をしようかと考えていると、
「よ~ぅ、嬢ちゃん。やる事なくて暇みたいやね?」
かる~い口調でハヤテが入ってきた。後にはツムジさんも一緒である。
「あ、 また手合いですか?」
「あ~、ちゃうちゃう。いやな、せっかくやからいいもん嬢ちゃんに見せたろ思てな。ちょっと手出しぃ」
「え? 何ですか?」
何を見せてくれるのかと、ハヤテに近づいていくヴェルナ。
「すごい大きいカブト虫見っけてな。ほれ、どや?」
そういって、ハヤテは手を出したヴェルナの手のひらにちょこんとカブト虫を置いた。
一瞬刻が止まり、直後・・・
「い・・・いやあぁぁ~っ!!!」
と、悲鳴をあげ、カブト虫を放り出し、勢いよく部屋から飛び出していってしまった。
「おろ? いったいどうしたんや・・・へぶっ!?」
飛び出していったのを不思議そうに見ていると、後頭部に衝撃が走った。
「貴様・・・斬られたいのか?」
どうやら部屋の隅に居たらしい綾火がガスッとハヤテを殴り飛ばしていた。
「っつ・・・一体何すんねや?」
「何もなんも・・・ヴェルナ様は虫が大嫌いなのだ。よりによってそんなものを見せるから・・・」
「虫嫌い? なんでまた・・・」
「とにかく、カブト虫やらクワガタをあまり近くで見せないように。触らせるなどもってのほかだからな」
そう言い残すと、急いで後を追いかけていった。
「虫が大嫌いか・・・ツムジ。それはマズイよな」
「・・・・・・十分な・・・拷問に・・・」
「だよな。ん~・・・好きになれとは言わんが、あそこまで嫌うのはマズイわなぁ。さて・・・」

「川沿い・・・やはりここでしたか。戻りますよ」
「あぁ綾火。そうですね・・・戻りますの・・・」
「あの方も悪気があってしたことではないでしょうし、今回は・・・」
「わかってます。いきなり逃げ出した私も私ですし・・・」

「あ、お2人ともどちらへ?」 2人が戻ったころには葉隠さんが訓練を終えて部屋に戻ってきていた。
「いえ、少し外へ」
「そうですか。あ、ツムジさんが呼んでましたが」
「ツムジさんがですの?」
それを聞き、ヴェルナは首を傾げた。
元々口数が多くなく、今日までも殆どの用はハヤテを通してであったからである。
疑問に思いながらもヴェルナはツムジの待つ天幕に向かっていった。

「・・・・・・ようこそ」
「えっと、ツムジさん、どういう用なんですの?」
「・・・・・・少し訓練を」
訓練と聞き、ヴェルナは更に首を傾げてしまった。
「・・・・・・中へ」
「うっ・・・・・・」
中に誘われて入った瞬間にヴェルナの顔が歪んだ。
中の壁には大量の虫がビッシリと存在していたからである。
急いで体を捻り、天幕から出ようとするが出口にはハヤテ、涼、綾火の3人が出さないように立ちはだかっていた。
「あかんで嬢ちゃん。少しは慣れんとな」
「そうですよ、ヴェルナさん。極端に苦手なものがあると捕まった時にそれだけで大変な事になりますから」
「ヴェルナ様、今日ばかりは貴方のために私も心を鬼にします」
「・・・・・・好きになれとは・・・せめて・・・克服を」
「ひぃ・・・嫌・・嫌ですの・・・」

この日の夕方までヴェルナが部屋から出ることはなかった。
結局虫を寄せると表情で嫌がっているのが丸わかりで、悲鳴はくっつくまで出さなくなった程度の収穫しかなかったようだが。

(2002.09.22)


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