翠の風・I〜ミル=クレープとの邂逅

フィアーテ・V・S・B

ヒュ〜〜〜

――風が丘を吹く抜けていく――

その風に吹かれて、漆黒のコートが丘に靡く。
その丘からは『帝都ラグラライナ』の町並みが一望できる。

「……遂に始まるか」

その丘に佇む一つの人影は、ポツリと呟く。
その間も風は、休むことなく丘とその人物を撫でていく。
決して強くはなく……しかし、何故かその風には冷たさが感じられた。

「……最早、止まる事はないだろう」

その男は天に顔を向けて、かけていたサングラスを外す。
そして、その銀の瞳で天を睨むようにして――

「……一体、どれだけの血が流れるのか解らない……しかし、俺は必ず……」

と、呟やく。
その呟きの先は一体、どう言う言葉だったのだろうか?
それは、彼の心の中だけにある……。
何時の間にか丘を引き抜ける風は止まっていた。
そして、その男はバサァとコートを翻し、その丘を後にする。



『翠の風・T〜ミル=クレープとの邂逅〜』



「……侍女?」

「うむ、明日付けでお前に付く事になる」

サングラスをかけて、全身黒尽くめの格好をした割と珍しいと言うか、どちらかと言うと怪しい格好をした男――フィアーテ――は、
将軍としての仕事から帰って来るなり、父親の部屋にに呼び出された。
そして、部屋に行ってみるといきなり「明日からお前に侍女が付く」と、言うわけである。

「いや、俺はメイドさんなんていらへんよ」

サングラスの位置を中指で直しながら、フィアーテは反論するが……。

「寝坊する、仕事をサボるなどの不良息子の分際で何を言うか」

と、義理の父親である「ヴァークロフ」に簡単に返されてしまう。
ちなみにフィアーテの遅刻やサボりは割と有名らしい……フィアーテ曰く「デスクワークは苦手やねん」らしい。
だが、彼がその事でお咎めを受けないのは、最終的にはちゃんとなっているからだった……それでも、やはりギリギリなのは確かだが……。

「親父……人間、息抜きも必要なんやで?」

チッチッチッと、人差し指を立ててフィアーテは言う。
しかし、その瞬間――

シュッシュッシュッ

と、風を切る音と共にナイフが三本ほど、フィアーテを目掛けて飛んでくる。

「……親父……息子を殺す気か?」

とか言いながら、ヴァークロフが投げた三本のナイフはしっかりと、フィアーテの手の中に収められていた。
そんなフィアーテの様子を見ながら、ヴァークロフは何事もなかったかのように――

「馬鹿息子よ……お前に選択権はない」

と、言うのだった……但し、その顔は真面目とはほど遠く、意地悪そうな笑みを浮かべていたが。




――その翌日の朝

コンコン

軽い音と共に、部屋の扉がノックされる。
しかし、その部屋の主は――まだ寝ていた。

「ん〜〜後、5分……」

お約束の言葉を言いながら、その部屋の主であるフィアーテは夢の中である。

コンコン

再び部屋の扉がノックされるも、今度はまったくの無反応……。

「フィアーテ様?……起きてらっしゃいますでしょうか?」

今度はノックの代わりに声がする……どうやら先程からノックしているのは若い女の子のようだ。
しかし、それでもまだフィアーテは起きない……どうやらフィアーテの目覚めの悪さは筋金入りのようである。

「……フィアーテ様……失礼します」

すると、仕方がないと思ったのか、そんな声と共に一人のメイド服を着た女の子が扉を開けて入ってくる。
そして、パタンと扉を閉めて、フィアーテが寝ているベッドに近づいて行く。
しかし――

ブワァ!!

その女の子の視界が突如として白い何かに遮られる。
突然の事に、女の子は分けが解らず、その場に硬直してしまう。
そして、その白い何かが彼女に覆いかぶさる……その時、初めてその白い何かの正体が彼女は解った。
それは彼女も良く知っている物――シーツ――だった。

「え? な、何?」

それがシーツと解って、彼女は疑問の声を上げる。
いきなりシーツが何の前触れもなく、自分の視界を遮れば誰だって不思議に思うだろう。
取り敢えず、そのシーツを剥いで、自分の視界を確保する。
と、そこにはベッドの上に上半身裸で――サングラスは何故か着用済み――半身になって徒手空拳の構えをしている若い男がいた。
勿論、それは今の今までそのベッドで寝ていたこの部屋の主――フィアーテ――であった。

「……あれ? 君、誰や?」

今まで見たこともないメイド服を着た女の子が、何故か自分の部屋にいる。
流石のフィアーテも少なからず驚いている……彼が想像していた人物とは違うのが主な原因だが。
ちなみに彼はこの時、父親が奇襲をかけて来たものと思っていたのである。
フィアーテの父親のヴァークロフは、たまに早朝に息子を襲撃する事があるのである……。
一般的には知られていないが、実はヴァークロフはかなり悪戯好きな一面もある男なのであった。

「あ、あの……今日からフィアーテ様に付くように言われましたミルです」

少々、戸惑いながらもフィアーテの目の前にいる13歳ぐらいの女の子は自己紹介をして、ペコリとお辞儀をする。

「…………へ?」

訳が解らず、フィアーテは思わず間の抜けた声を口から出す。
その拍子にズルリと、サングラスが少しずれる……。



時は1250年――

寒い冬がその跡を残して、夏の足音が微かに聞こえ始めた春――

クレアムーンと共和国が同盟を結び、帝国への警戒を強めた――

この2国と帝国との激突が濃厚になり始めた時――

一つの哀しき『闇』が、新しき風に出逢った――

果たして、この風は近いうちに始まるであろう戦場にどう言う風を吹かせるのか――

今は、小高い丘に翠の風が吹いている――

そして、その『無垢なる闇』には凍れる風が吹いている――



時は1250年――

時代はゆっくりと動き始め……

帝国に……暖かな風が吹いていた……。

(2002.09.25)


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