敗北
ヴィネ・ロンド
まず目にしたのは、やけに白い天井。
そして、少し硬い、なじみのない感覚のベッド。
「・・・生きてた・・・」
遠く戦場から離れた帝都の軍事病院で、ユーディス・ロンドは目覚めた。
しばらくは何も考えられないまま、ぼーっとして時間が過ぎていく。
時々医者が診に来たが当たり障りのない事会話しかしなかった。
どうしても浮かんでくるのは戦場の記憶にある最後の場面。
力及ばず、キロールの刃にかかろうとしたその瞬間、横合いから副官が飛び込んできて・・・。
「・・・また覚えてないや」
それから先は、転がった副官の首がこちらを向き、その目と目があった瞬間、再び意識が真っ白になっていた。
怒りとか、悲しみとか、悔しさとか、色んな感情がごっちゃになった感覚はあるが、それだけだ。
あの後、ユーディスは彼の首を抱えて全身を返り血に染めて自軍の元に戻ってきたらしい。
・・・そんな力が自分に残っていたのだろうか?
まるで、自分でない自分が動いてたような気分になる。
コンコン。
「にいさま、お目覚めになられたのですね」
軽やかなノックと共に病室に入ってきたのは、妹のヴィネ・ロンドだった。
手にはロンド家の代名詞ともいえる薔薇を抱えている。
「ヴィネ! 来てくれたんだな」
「来ないとでも思いました?」
少し怒ったような口調で、しかしその声に安堵の色は隠せない。
手際よく花瓶に薔薇を移す手際もどこか軽やかだ。
「ゴメンな。また心配かけちゃった」
「ご無事なら良いのです。ゆっくり休んで下さいね」
そう良いながら、ベッドの傍の椅子に腰掛ける。
「ところで、ミーシャは?」
「騎兵を率いてキリグアイへ向かいましたよ」
「・・・・!」
思わずユーディスは身を跳ね起こす。
途端に激痛が走ってベッドの上にうずくまってしまう。
「・・・なると思いました」
「そ、それは良いから・・・なんで!?」
「お役に立ちたいのでしょうね」
この場にはいない、もう一人の妹ミーシャ。
常にユーディスの傍にいて、ユーディスの意図を他の誰より的確に汲み取れるからこそ、ラピス・ローズ隊の副官(実質は副将)という立場にいたが、純粋な戦闘指揮官としては全くの未知数だった。
だが、ヴィネもミーシャもただ兄に守られるために戦場に出た訳ではない。
ユーディスが動けない今だからこそ、二人が動くべきなのだ。
そんな二人の気持ちが嬉しくて、そしてもどかしいユーディスだった。
「お叱りになります?」
「・・・まさか。帰ってきたらしっかりと抱きしめてやるさっ」
「それは、きっと喜びますよ」
握り拳を作って宣言する兄の姿に優しい笑みをこぼすヴィネ。
と、その身体をいきなりユーディスが抱き寄せる。
「にいさま?」
「いや、ヴィネにも感謝の気持ちを込めて。喜んでくれるんだろ?」
「・・・ミーシャの話なのですけれど」
気持ち良さそうに目を閉じて反論するヴィネ。
そんな愛しい妹を、ユーディスは力強く抱きしめ・・・・
「うごあっ!?」
全治を3日ほど延ばすのだった。
「よく無理をなさいますからね。わたしもいつも心配なんです」
帰る際に医者からユーディスの様態が悪くなった理由を聞かれて、ヴィネはそう答えただけだった。
(執筆 ユーディス・ロンド 添削 ヴィネ・ロンド)
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