ヴィネのお仕事頑張るぞ! 第一回〜数万の弔い

ヴィネ・ロンド

つまらない。
手に持った書類に並べられた数字を眺め、
ヴィネはそう思った。
各地の前線から送られてくる死亡者の報告をまとめた書類。
この一枚の書類とは別に
死亡した兵士達の名前や出身地を記した書類を作成して、
それを元に遺族に見舞金を出すことになる。
「は皇帝陛下と帝国臣民の為に勇敢に戦い……」
正確な発音、それだけの口調で小さく呟く。
この言葉から始まる、見舞金と一緒に遺族に送られるその【書類】は
一万枚は軽く越えるはずだ。
これは各部隊の責任者や、領主などが作るものだから
ヴィネ自身が直接携わることは無い。
数字ばかりの報告書が一枚。
名前が違うだけの同じ書類が一万枚。
そんなものを作っていて愉快なわけがなく、
元々殆どなかった仕事への熱意は数日前から
どこを探しても見当たらなくなっている。
「同じ紙に同じ国の文字に……けれどもこれはあまりにつまらない…」
家を離れて学校の寮にいたころ、
何度か恋文の代筆を頼まれたことがあった。
裕福な農家や商人、地方の貴族の子女達の多かったところだったから
本当に自由に恋愛を楽しめるわけでもなく、
学園生活の息抜きのために皆で騒いでいるだけのことが殆どで、
思いを伝えることは滅多になかった。
代筆を頼まれた少女達の思いを書いた手紙も
大抵は相手には渡らずに処分されたか、
学校を卒業した彼女達の机の引き出しに想い出として眠っているのだろう。
ヴィネの知る限りでは手紙を渡したことが確実なのは3人だけ、
唯一結果までわかっている一つ年下だったベルナデットは
手紙を渡したと喜んでいたのも早々に駆落ちしてしまい、
結局5日後に見つかって連れ戻されてしまったから
手紙が有効に活用された例は無いかもしれない。
ベルナデットに協力した大勢の生徒(ヴィネもその中に入っている)は
厳重注意を受け、一ヶ月間学園が悲鳴に生め尽くされることになる
大量の懲罰課題を出されたのだが、多分誰も反省していなかっただろう。
あれ以降、それまでより代筆する手紙の数が増えたのだから。
「これを渡すことは無いのですけれど――」
何十通と書いたものの中で、
最も最後に書いた手紙のでだしの部分をそらんじる。
先ほどと同じく正確な発音で、けれども温かみに溢れていた。
「――愛しています」
その手紙で一番大事な部分を口に出すと、
ヴィネは柔らかな椅子に身を預けて静かに目を閉じる。
結局この手紙は書き上げられず、それからは代筆依頼は断るようになったのだ。
革張りの椅子のひんやりとした感触を確かめながら、
途中まで書いた手紙を続きを考えてみたが、いつものように失敗に終わった。
ありえないものを考えるだから、当たり前のように難しい。
「……眠い」
いま眠れば学園のころを夢をみられるような気がする。
つまらない仕事を休まずに生み出してくれるところから
あの人が戻ってくるまで、しばらくそれに浸っていよう。
微かな吐息を漏らしながら、ヴィネはゆっくりと眠りに落ちていった。

(2002.10.23)


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