崩壊の序曲

ユーディス・ロンド

「うわあああああああ!!!」

 真夜中、突如陣中にユーディスの悲鳴が響き渡る。
 何事かと緊張を漲らせた衛兵が駆けつけると、荒く息をついたユーディスが呆然と簡易ベッドの上に座り込んでいた。

「皆さん、ここは私に…」

 遅れて駆けつけたアマナは、すぐに状況を理解して人払いを始める。
 衛兵達もとりあえず刺客の類ではないと分かり、戸惑いながらも持ち場に戻っていく。
 すぐに天幕の中はユーディスとアマナの二人きりになった。

「ユーディス将軍…大丈夫ですか?」
「あ、ああ…大丈夫、だと思う…」
「もう、話してくれませんか? 絶対に他言はいたしませんから…」
「………」

 ややあって、ようやくユーディスは思い口を開いた。

 ここ最近、連夜の如く見る悪夢。
 共和国兵に襲われるヴィネとミーシャ。
 泣き叫び、必死に兄の名を叫ぶものの、ユーディスにはその場を見ているしか出来ない。
 やがて、ヴィネは、ミーシャは何度も何度も男達に貫かれ…最後に呟くように懇願する。


 「にいさま、もうやめて下さい…」
 「にい様、なぜ助けてくれなかったのですか…?」

 気付くと、二人を犯しているのは自分だった…。

「そうだったんですか…」
「もう、俺は自分が何なのか…こんな夢を見るなんて二人に知られたら、俺は…俺はっ!」

 ガッ、とベッド脇にあるデスクを叩きつける。
 そんなユーディスに、表情を消したアマナが厳かに告げた。

「一般的にも知られている事ですが、夢は、無意識下の願望を映し出します」
「…ああ、そうだね」
「でも、今回のユーディス様のケースは少々違うように思います」
「? どういう事?」

 てっきり非難されるものとばかり思っていたユーディスは、意外な成り行きに顔を上げる。

「将軍の場合、妹さんが共和国に捕まったという事実。それを防げなかった自分への怒り。今も戦場に立つ妹さんの身を案じる不安。それらがない交ぜになって、自分を貶めるような夢をご覧になっているのでしょう」
「そ、そう、なのかな…」

 少しずつ、自分の理性に希望を取り戻していくユーディス。
 だが、とアマナは続ける。

「このままでは将軍はずっと悪夢を見続けてしまうでしょう。これは、いわばご自分がご自分を許していない事の現われなのですから」
「それはそうだね…どうしたら良いんだろう?」

 縋るような目でユーディスが問う。
 アマナは、奇妙なほどの自信を持ってユーディスに微笑み返して、言った。

「共和国を倒すのです。妹さんを傷つけられた怒りを、妹さんを守れなかったご自身の悔いを、今後妹さんが再び同じ悲劇にあわないよう、貴方の力で共和国を破るのです」
「共和国を…破る…」
「貴方の大事な妹さんを汚した罰を、共和国に償わせておやりなさい。妹さんが味わった恐怖を、屈辱を、悲しみを、同じように共和国の者達に味わわせておやりなさい。そうしてこそ、貴方は貴方を許す事が出来るでしょう…」
「そうか…そうだよな…そうじゃないと、俺は、俺を、許せ、ない…二人に、合わせる顔がない…」

 ぶつぶつと自分に言い聞かせるように呟くユーディス。
 段々と目にハッキリとした意思が宿り始め、表情には晴れやかささえ感じられた。


「ありがとうアマナ! お陰で、何かつかえていたものが落ちた気分だよ」
「いいえ。将軍のお役に立てたのでしたら、それで十分ですわ」

 翌日、普段どおりの溌剌とした様子で共和国への先陣を切るユーディスに、それまでの影は全く感じられなかった。

「さあ、行くぞ! 共和国は皆殺しだ!」

(2002.11.13)


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