戦場に咲く・・・

ユーディス・ロンド

 友軍に見捨てられたとも知らず最後まで奮戦した共和国第15部隊だったが、さすがにこの劣勢を覆すまでには到らず、新たに戦線に加わったユーディスのラピスローズ隊によって壊滅の憂き目に遭っていた。
 バルドル将軍は脱出したものの、その副官を勤めていたミリィは捕らわれの身となり、その運命の時を待っていた。

「…誰?」
「しっ」

 その気配にミリィが気が付いた時、既に天幕の外には夜の帳が下りていた。少々寝入っていたらしい。

「貴方は…ユーディス将軍?」

 こくりと影が頷く。
 そして、腰に下げた剣をすらりと抜くと、ミリィめがけて振り下ろした。

「!!」

 思わず目を瞑って身体を硬直させるミリィ。
 だが、予想していた衝撃はやってこず、代わりに今まで自分を天井から吊り下げていたロープがはらりと舞い落ちた。

「…え?」

 訳が分からず、自分の境遇も忘れてきょとんとするミリィ。
 ユーディスは剣を収めると、珍しく真剣な表情で話しかける。

「どう? 身体は動く?」
「あ…はい。大丈夫、です」

 慌てて立ち上がって身体を動かしてみる。
 不自然な体勢で長時間拘束されていたので少々間接が痛い気がするが、戦闘で怪我を負わなかったのが幸いだった。
 腕は拘束されたままだが、動く分には支障ない。

「よし、じゃあ時間が惜しいんだ。付いてきて」
「ど、どこへ?」

 有無を言わさず話を進めるユーディスにますますミリィは混乱してしまう。
 だが、どのみちこの場に留まっても自分の運命は決まっている。
 ならば、ひょっとしたら逃げ出せるかもしれないこの機会を逃す手はなかった。

「…今行きます」

 ユーディスの後に続いて天幕を出ると、傍に見張りの兵士が倒れているのが見えた。
 眠っているのか気絶しているのか、ピクリとも動く様子はない。
 そのまま裏手に回ると、一人の女性が待っていた。

「ユーディス将軍、次の見張りは4時間後です」
「了解。俺の不在は上手く取り繕ってな」
「お任せ下さい。ではくれぐれもお気をつけて…」

 短いやり取りを済ませると、再びミリィを促して歩き出すユーディス。
 ミリィも軽く会釈をして、慌ててユーディスについていく。
 だから、その女性がどんな表情で自分を見送っていたのかを知る由もなかった。

 ラピス・ローズ隊の陣地を出るのはあっけないほど簡単だった。
 考えてみれば、ユーディスはこの部隊の最高責任者である。
 見張りの位置や巡回コースなど知っているのは当然で、そのコースをよけて通っていたに違いない。
 そんな事をぼんやり考えながら、早足で前を行くユーディスにミリィは必死で付いていった。

「…ふぅ。ここまでくれば大丈夫かな」

 小一時間ほど歩いただろうか。
 そろそろミリィの息が上がって来たところで、ようやくユーディスの足が止まった。
 暗闇でおぼつかない足元に神経を遣っていたミリィはほぅっと安堵の吐息を漏らす。
 実は少し前から体力的に限界を感じていたのだが、自分から「休ませて下さい」と言い出すのも何だか甘えているような気がして黙っていたのだ。
 これは、彼女の真面目過ぎる性格の長所なのか決定なのか。

「はぁ…はぁ…」
「あ、少し疲れた? 結構急いだからね」
「いえ…大丈夫です。それより、どうしてこんな事を?」

 乱れた息を深呼吸して落ち着けると、ようやく抱えていた疑問を尋ねる事が出来た。
 助けてもらえたのは無論嬉しいし感謝はしているが、その理由はまるで予想がつかなかった。
 だが、言ってしまってからまずお礼を言うべきだったとミリィは思い直し、自分の至らなさに顔を赤くして恥じた。

「あ、すいません。私、まだお礼も言わずに…」
「ああ、別に良いんだ。お礼なんて」

 そんなミリィに、ユーディスはにっこりと微笑んで応えた。

(2002.11.25)


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