すれ違い<後編>
ベルンハルト・フォン・ルーデル
………昔の、夢を見た。
士官学校の敷地の片隅にある慰霊碑の横で、スコップを手に穴を掘っている渚を見かけたのは、ルーデルがまだ士官学校の学生の頃だった。
何をしているのかと問うたルーデルに対し、渚はこう答えた。
「……お墓、作ってる。」
穴を掘る渚の横に渡り鳥と思われる鳥の死骸を見つけ、ルーデルは軽く肩をすくめた。
そのルーデルに、渚が物言いたげな視線を投げかける。
……結局、シャベルを手に穴掘りを手伝う羽目になった。
山と盛られた土に木の枝を立てて墓標とし、手を合わせる渚を見ながら、ルーデルは理解できんな、と言いたげに首を振った。
士官学校が軍人を養成するためのものである以上、そこには当然死の影がつきまとう。知人や親類の死を身近に感じる機会の多い士官学校生にとって、死に対するある種の感情の摩滅があるのはある意味当然のことといえた。
そんなルーデルを振り返り、渚はこう呟いた。
「……誰だって、死にたくないんだよ。皆が笑って暮らせるなら、それが一番良いのにさ……。」
その言葉は、ルーデルの心に今でも重く残っている。
……だからこそ、捕虜の命を無造作に奪う渚の行動を看過できなかったのだ。本来の渚が、そんな事を平気でできる人間ではないと知っていたから……。
・・・
・・
・
目を覚ましたルーデルの視界に、簡素な屋根が飛び込んできた。
簡素な山小屋に寝かされていることに、ルーデルは気がついた。
徐々に、記憶が戻ってくる。
レヴァイア私兵部隊の展開に対応し、ナギサを置いて出撃したこと。
死兵となったレヴァイア兵の予想外の抵抗に、手を焼いたこと。
そして最後に、自分の脇腹を貫いた灼熱の痛み……。
「……気がついたかね? 兵士さん。」
体を動かそうとして、苦痛に顔をしかめたルーデルの様子を見て、暖炉に薪をくべていた老人が声をかけた。
「まだ、動かん方がいい。傷口が開いたら、ことだでな。」
その時になって初めて、ルーデルは自分の傷が手当てされていることに気がついた。
「ま、飲みなされ。薬湯じゃよ。」
渡された濃い緑色の液体を飲みながら、ルーデルは軽く溜息をついた。
「命を粗末にするでない。恋人の一人や二人、国に帰ればおるのじゃろ?」
体よりむしろ心の傷の痛みに、ルーデルは顔をしかめた。
「どうした、振られでもしなさったかね?」
そんなルーデルを見て、老人は目を細めて笑った。
「若いうちは、いろいろあるものじゃ。あまり恋人を泣かせるものではないぞ……?」
何故そこまで断定できるのだ……と言いたげなルーデルの視線を受け、老人はもう一度笑った。
「ほほほ、年の功じゃよ。」
薬湯に睡眠を誘発する成分が含まれていたのか。
からからと笑う老人の声を聞きながら、ルーデルは再び眠りに落ちていった。
ベルンハルト・フォン・ルーデル
カルカシアの山中にて行方不明。
……ルーデルが戦線に復帰するまでには、いましばらくの時間が必要となる。
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