脱出
カーチャ・ボルジア
黄塵で天地が覆われる。
後世の歴史書にそう書かれたその日は、大陸の彼方から飛来した黄砂が
視界が殆ど利かないほどにモンレッドの地を埋め尽くしていた。
この状態では弓を引く事はおろか、騎兵同士の接近戦すら危ぶられる。
なにしろ敵味方の識別すら難しい状況なのである。
「今日は敵は動けまいな。」
「はい。今日の攻撃はないでしょう。こちらからの出戦も無理でしょうけど。」
第二次モンレッド会戦はその終章を迎えようとしていた。ジョシュア
率いる帝国風神騎士団別働隊に後方の橋梁を破壊された共和国軍は補給
を経たれて孤立している。ラヴェリアの部隊のみは破壊工作直前に脱出
したものの、残った部隊は補給のないまま帝国軍との決戦を行うしかな
かった。先の戦闘で既にショウ・ラングドの部隊が帝国騎兵部隊の総攻
撃を受けて壊滅している。カーチャの部隊が壊滅するのも時間の問題で
あった。
「アメリア、出戦準備だ。全軍に突撃体制を取らせよ。」
「出撃ですか? 目標は?」
「目標はハルバートさ。」
「!!!」
「この黄砂が天佑を与えてくれた。風塵にまぎれてモンレッドを脱出、
一気にハルバートに潜入し、カンタレアの謎を解く。この謎を解かぬ
限りは共和国が何故戦闘を行い、我が部隊が戦っているのかが判らぬ
ぞ。ラヴェリアは許さぬと言ったが、もうそのラヴェリアとも連絡は
取れない。味方のバルドル部隊も我が部隊が消えた事にいまなら気が
付かないだろう。敵の目も味方の目も今なら騙し通せる。だが、これ
は敵前逃亡ではない。共和国の戦後を繁栄させるために真理を追及す
るための戦闘なのだ。アメリア、1時間後に出陣する! 秘密文書は
すぐに焼却処分しろ!」
「・・・ かしこまりました。」
1時間後、黄砂に紛れてカーチャ騎兵部隊はアオヌマシズマ部隊の脇
をかすめるようにしてモンレッドの砦を脱出した。馬を進めながらカ
ーチャは一度だけ後方を振り返った。砂塵のために、会戦以来守り続
けたモンレッド砦の姿を見つけることは出来ない。だが、カーチャに
は砦が残存兵を見送ってくれているような気がした。
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