闇の世界

カーチャ・ボルジア

 カーチャはボルジア家に数日留まった後に共和国へと引き返した。この間に「カーチャがするべき事」の全容も教えられていたのである。エルが共和国の議員と内通してラヴェリア暗殺計画を立てている事、更にその実行犯の名前までも知らされていた。既に共和国での首都決戦は大詰めに来ている。ガイ・アヴェリの篭城戦が終わる前に帰還しなくてはならない。帝国軍との接触を避けつつ首都へ戻った時には、もうノスティーライナの戦いが始まっていた。突然に現れたカーチャの姿に将軍たちは驚いた。何しろ開戦以来帝国軍3部隊を壊滅させて共和国軍ではトップクラスの迎撃率を誇った騎兵部隊の指揮官が帰って来たのである。ある者は純粋に苦しい時に戦力が増えた事を喜んだ。中にはこの事態の最中に帰って来たことを訝しがった。誰もが知りたがったことは帝国で何を見て来たのかである。だが、それらの質問に対する返答は全て同じであった。まずはラヴェリアへ報告するとしか言わなかったのである。肝心のラヴェリアはノスティーライナの戦闘に自ら出陣している。もとより報告が出来るはずが無い。カーチャ自身が部隊を編成して増援に駆けつけたくてももう兵がいない状態である。しばらくは評議委員邸で残務をして過ごした。

 そんなある日、重大な情報が評議委員邸へ飛び込んできた。ラヴェリアの部隊が敵部隊の集中攻撃を受けて壊滅したというのである。伝令によるとラヴェリア自身は無事でガイ・アヴェリへ向かっているらしい。城塞都市からはミズハが一隊を率いて護衛へ出向くよう、命令を受けていた。
「ゲイルも愚かだな・・・ よりによってミズハを警護に付けるとは。だが、ミズハ程度の能力でラヴェリアを殺す事は出来ぬだろう。」
 すべてを知り尽くしているカーチャだった。城塞都市の南に位置する門でミズハを待つ事にした。やがて戦闘服姿のミズハの姿を認めた。
「ミズハ、ラヴェリア警護の任を受けたそうだな。お前一人では心細いだろう。アタシも同行しよう。」
「・・・・・・ 何故、そんな事をする?」
「なにしろ、兵もいないし他にする事が無いのでな。お前だって一隊を率いて護衛に向かえと言われても兵がいないから一人なのだろう?」
「・・・・・・」
 決して多弁なミズハではない。沈黙したのは了解したのだろうと勝手に解釈して一緒にラヴェリア探索を行う事にした。どういう訳か帝国軍と接触しない。ミズハの行動が包囲作戦を取っている帝国軍に伝わっているのか、ミズハは帝国軍の部隊配置を知っているのかは判らない。いずれにしろ二人の探索活動は容易に進み、ノスティーライナ平原の北西に達した頃には南方から将校と思われる人物を騎乗された馬が向かってくるのが見えた。ラヴェリアである。
「ミズハか? ・・・よくあの包囲網を越えられたな?」
「そんなの簡単だよ・・・・だって・・・」
「だって?」
「ああ、アタシと二人で帝国軍を牽制しながら探していたのよ。ねえ、ミズハ?」
「カーチャ! 帝国へ進入して帰ってこられたのか!」
 巧みなカーチャのフォローにラヴェリアは疑う由も無い。ミズハは不審そうな顔をしていたが、こちらもそれ以上は語ろうとしなかった。
「ええ。色々あったけどね。ガイ・アヴェリでゆっくりと報告するわ。それより、もう夕刻だけど野宿なんかしている余裕はないわ。夜中行軍しましょう。」
「うむ。もとよりそのつもりだ。一刻も早くガイ・アヴェリへ戻ってこの先の事をレディス達と決めねばならぬ。」
「では、急ぎましょうか。」
ミズハもこの時点では手が出せない。ラヴェリアと一騎打ちなどすれば戦闘能力の差から自分が打たれるのは必至だからである。おまけに殺人技術では超一流のカーチャまでは同行している。行軍中に隙を見つけるしかないと思ったらしく、おとなしく首都への旅に従ってきた。

 夜半が過ぎた頃である。戦闘を行くラヴェリアの鞍に付けてあったカンテラの灯りが消えた。油が切れたのだ。月明かり一つ無い夜間行軍である。このままで進めるはずが無い。ラヴェリアが馬を止めた。カーチャは馬を降りて鞍から自分のカンテラを外してラヴェリアの元へ近づく。
「ラヴェリア、これは油をささないとダメよ。アタシがやるわ。ちょっと手元を照らしてくれる?」
 カーチャが油を持っている事に気が付くとラヴェリアも馬を降りた。カーチャからカンテラを受け取る。カーチャはラヴェリアの鞍からカンテラを抜き取ると地面に置き油をさす作業を始めた。それを別のカンテラで照らすラヴェリア。それを後方に位置するミズハから見れば背中は隙だらけであった。ミズハがこのような好機を逃すはずが無い。

 そして・・・ その事が起きた・・・ ラヴェリアの背中には一本のタガーが深々と刺さっている。ゆっくりと背後を振り返るラヴェリア。その前には無表情のミズハがいた。 「!!!・・・ミズ・・ハ・・・帝国に・・・買われたのか・・・ミズハよ・・よかろう・・・俺の命をくれてやろう、俺を越す鬼となれ、鬼が鬼を喰らって強くなれ・・・」
「あなたを正面から刺す事はできないから・・・だからこうさせてもらうよ・・・ごめんね・・」
 流石はラヴェリアである。刺されても自らの長刀を抜こうとした。自分では致命傷を負っていることを知りながら、ミズハを斬ろうというのだろうか。だが、その剣は抜けない。あっと愛刀を見つめてみるとカーチャがしっかりと柄を掴んでいた。これでは体力が急速に消耗しているラヴェリアが抜刀出来るはずが無い。
「カ、カーチャ。お前までもか・・・」
 一言だけ語ると口から血が溢れるように零れた。がっくりと膝をつくラヴェリア。そして背中から溢れる出血。もうミズハにもカーチャにも鬼議長は死体となっている事がはっきりと判った。

 目の前には呆然とした顔のミズハがいる。カーチャの最後の行動が解せないのであった。だがカーチャも多くは語ろうとはしない。
「ミズハ、アタシは手を下してはいない。でもアナタの邪魔もしなかった。それだけの事よ。これで分かれましょう。」
 ミズハは何かを悟ったらしい。何もいわずにその場を立ち去っていった。きっと、密令書を送った共和国議員か帝国軍との打ち合わせ場所が決まっているのだろう。そんな者を今更探る気もなかった。自分ももう共和国には帰れない。さて、どうしたものか。

 すべての発端となったキリグアイへ足を進めよう。カーチャの頭にそんな考えが浮かんだ。燃え尽きたシュガー家の屋敷後やラーヒデ、二人の兄の墓参りがしたくなったのである。そしてそれからはどうするのか。父の元でボルジアの権勢を拡大させよう。それは決して奇麗事で片付くような世界ではないだろう。だが、それが自分にはもっとも適しているような気がした。今となっては主君殺しの共犯者となった自分には。

 西へ向かう馬の上でふとカーチャは思った。
「ラヴェリアの服装は最後まで乱れていなかったなあ」
 何故、カーチャがこんな事を思ったのかは判らない。判らないままに書き留めておく。

(2002.12.23)


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