闇の世界

カーチャ・ボルジア

 ベンケーによってボルジア邸へ連行されたカーチャは上半身を裸にされて一室に監禁された。両手はX型の磔台に固定されて身動きが取れない。上半身の衣服は脱がされてはいるが、元々着ていたのがワンピースの乗馬服だったこともあり、服の上部は腰からぶら下っていた。その上には白い肌に付け加えられた大きめな乳房が蝋燭の灯りに灯されて一層白く輝いて見える。パンティーは酒場でベンケーに奪われてしまった。下着を着けないでズボンを穿いているというのは落ち着かないものである。その下半身を覆う一枚も状況によってはいつまで身に付けていられるか判らなかった。ベンケーは先ほどからカーチャの傍らで暇を持て余していた。カーチャから奪った赤いパンティーを被ったかと思えば、匂いを嗅いでは舐め回している。最後の1枚を手に入れたことの喜びに浸っているようであった。
 何故、ベンケーはアタシを帝国の警備兵へ差し出さずに、ボルジア邸まで連れて来たのだろうか? カーチャには理由が判らない。確かな事は、あの場で帝国へ差し出されたら今頃は絞首刑になっていた事である。こうして晒し者にされてはいても、生きているだけマシなのかもしれなかった。その時、廊下に面したドアが開かれた。
 入室して来たのは50は過ぎてはいるだろうが、体格はがっちりして体の均整の取れている男であった。背後には召使と思われる者の姿が見える。この家でこのような立ち振る舞いをする男がいるとすれば一人しか考えられない。
「アワー・ボルジア!」
 カーチャは咄嗟にその男が誰であるか悟った。

「共和国の将軍がノーザン家の女のみが持つことを許される緑の髪飾りを身につけていると聞いたが、確かか?」
「アワー様、これがこのオンナが髪に刺していた飾りでございます。」
ベンケーは酒場でカーチャが床に落とした髪飾りをアワーに差し出す。それも繁々と見つめていたアワーの顔から血の気が消えていくのがカーチャにも判った。
「これは亡き妻、ルクレッティノの物・・・ オンナ! どこでこれを手に入れた!事と次第によっては只では済まさぬぞ!」
「返せ! それはラーヒデ父さんがくれたものだ!」
「ラーヒデと言ったな? まさかラーヒデ・シュガーの事か?」
「どうしてアタシの父上の名前を知っているんだ? その通り、父の名前はキリグアイのラーヒデ・シュガー。アタシは娘のカーチャだ!」
「カーチャ! カーチャなのか!」
「お前に呼び捨てにされる筋合いはない!」
「確かにお前がカーチャであるとは限らぬ。だが、カーチャでなければお前はここで犯されて殺される身の上だ。命が惜しかったら自分の身の上を話してみせよ。」
「偉そうに言うな!」
 強がっては見たが、このままでは犯される事は間違いない。おそらく命も助からないであろう。どうやら身の上を話せば少しは長生きが出来そうである。カーチャはキリグアイでの生活、帝国軍にラーヒデが殺された事、今は共和国軍第8部隊の司令官であることを話して聞かせた。元々、帝国軍が嫌いなカーチャである。帝国に話が及んだ場合は多少の脚色は加えたが、アワーは怒ることも無く真剣にカーチャの話に耳を傾けている。

「ラーヒデは死んだのか・・・ 自分の身分を明かせば死ぬこともなかったただろうに・・・」
「どういうことだ?」
「ラーヒデはコーリア国に大使として駐在していた頃の私の部下だ。」
「なんだって!」
「当時のコーリア国は独立国ではあったが、事実上は共和国の植民地同様の扱いだった。帝国は経済援助を条件にコーリアの共和国からの独立を促そうとしていた。その役目を帯びてコーリアへ赴任したのが私とラーヒデだったのだ。だが、コーリアを奪われる事を怖れた共和国は深夜に大使館の私邸に暗殺隊を仕向けた。私はたまたま帝国へ帰っていたために無事だったが、大使館員はほぼ皆殺しにされた。妻は共和国兵に犯された上に皮を剥ぎ取られて死んだという。子供は風の便りにラーヒデが助けたと聞いてはいたが・・・ その子の名前がカーチャだ!」
 カーチャとしては耳を疑うしかない。それでは、目の前にいるこの男が父親ということではないか。しかも、実の母親を殺したのはカーチャが今所属している共和国軍だというのである。
「その後、帝国と共和国は互いを敵国と認めるようになり、コーリアと帝国との外交も途絶えた。外交使節を送れば逆に両国は緊張する。1239年の使節団遭難事件などはその例だ。」
「・・・・・」
「ラーヒデはコーリア国民を装って帝国に帰る機会を伺っていたはずだ。そのラーヒデを殺したのが帝国軍とはなんという運命の巡り合わせか・・・」
 アワーの目に涙が光ったのをカーチャには見て取れた。本当にこの男のいう事は真実なのであろうか?だが、カーチャがもっとも知りたい事をこの男は教えてくれると言うのだろうか?

「カーチャ、お前はカンタレラの製造方法を知っておらぬか?」
 自分の考えを見透かされたような気がしてカーチャはギクッとした。今考えていたのはカンタレラの事だったからである。
「アタシはラーヒデ父さんに教わったのよ。ここの犬もそれで殺したわ!」
「やはりな・・・ 殺された犬の症状を見て、どこからか共和国にカンタレラが流出したのかと驚いたが、お前が製造法をしっていたのであれば辻褄が合う。あれはノーザン家秘伝の暗殺薬だ。ラーヒデだけは任務が任務であっただけに自分の身を守るよう、私が製造法を教えた。ラーヒデもノーザンの娘には製造法を伝授しなくてはならないと思い、お前にそれを授けたのであろう。」
 これでカンタレラが帝国で流通していることの謎も解けた。元々が帝国の貴族秘伝の薬であるのだから不思議ではないのであろう。これまで流通しなかったのはノーザン家が積極的に家の外へ持ち出さなかったからに過ぎない。
「どうやら、お前は本当に私の娘であるようだ。だがこれは私にとっても、お前にとってもこれからの人生を左右する。身の証は慎重に立てねばならぬ。安易な誤解は避けねばならぬのだ。そうだ! そのズボンを脱いでもらおう。」
「なんだって!?」
「カーチャは子供の頃に暖炉の焼けた薪に触れて内股に火傷をしたはずだ。お前の股に火傷の跡があれば、それはすなわちカーチャの証であろう。」
「そんなものを確認するな! 止めろ!」
 抵抗するカーチャを尻目にアワーに目で合図されたベンケーがカーチャの乗馬服を脱がしにかかった。両腕を固定されているカーチャがベンケーの作業を防ぐ事が出来るはずが無い。朝まで身に付けていたパンティーはベンケーが被っている。膝までズボンが降ろされただけでカーチャの秘所は剥き出しになった。
「嫌あぁ! 見ないで!」
 下着を盗み続けたベンケーがこの程度の悲鳴を聞いたくらいで動ずるはずがない。完全に乗馬服を足元から抜き取ると、両足首をX型の磔台の下部にある鎖で固定した。これでカーチャは腕も足も広げたまま磔にされた格好となったのである。更にベンケーは燭台でカーチャの内股を照らした。そこをアワーが覗き込む。男二人が磔にされた美女の股間を覗く、それは倒錯したエロチシズムを感じずにはいられない光景である。
「あった・・・ これは火傷の跡だ・・・」
 右足の付け根に5cmほどの細長い火傷跡を見つけたアワーは感嘆の声を上げた。触れてみると真皮までが焼けたらしくツルツルとしている。最近できた傷でないことは間違いが無い。
「や・・・止めて・・・」
 思わず、カーチャは声を漏らした。男二人はそんなカーチャの声など無視して熱心に股間を覗きこんでいる。

「カーチャ、お前はやはり私の娘だ。お前は共和国にいるべき人間ではない。帝国へ帰って来い。」
「い、嫌だ! アタシにラヴェリアや仲間を捨てる事は出来ない!」
「だが、お前の養父ラーヒデを殺したのはラヴェリアだぞ。」
「なんだって!」
「当時の共和国の議長バックスは当初はコーリアを支援する気はなかった。共和国内でも帝国の真意は共和国侵攻だという事がわかっていたのでな。コーリア支援よりも自国の軍備整備を優先すべきと言う意見が強かったのだ。コーリアも巨大な軍事力を誇る帝国と戦えば、国が滅びる事は分かっていた。帝国の属国となっても国が存続する道を模索していたのだ。あのような徹底抗戦は共和国もコーリアも望んではいなかった。バックスの失脚をたくらんでいたラヴェリアを除いてはな。」
「・・・・・」
「コーリアのタカ派と秘密裏に連絡を取り合ったラヴェリアは一部の軍部に軍事援助を独断で行っていたのだ。一時的にしろ軍備を増強した部隊が帝国軍との交戦を勝手に開始した。このために調停工作は失敗に終わり、コーリアと帝国は全面戦争に突入しあのような結果になったのだ。更にラヴェリアは帝国の狙いが共和国である事を知りながらバックスに帝国との不可侵条約締結を進言した。帝国が国内に軍を向けると、今度は条約破棄を縦に取りバックスを糾弾、失脚に追い込んだ。すべては彼の仕組んだ事だったのだぞ。それでもラヴェリアを守ると言うのか?」
「そんな話・・・ 証拠は! 証拠はどこにある!」
「ゴゥドに聞いてみるが良い。ラヴェリアの元で実際の工作に当たったのは奴だ。奴がレヴァイアへの使節として派遣されたのは、途中で山賊に襲わせて口封じのため抹殺するためだったのだ。事実、奴がカルスケートに出向くと同時に山賊に襲われたであろう?すべての動きは山賊に伝えられていたのだ。グルスとかいうチンピラが共和国軍の仲間に入ったのは計算外だったようだがな。」
「・・・・・」
「ゴゥドが任務に失敗した直後に別の使節がレヴァイアに達していたのも不自然だろう。つまりゴゥドは囮に過ぎなかったという事だ。作戦は成功したはずなのにゴゥドに責任を追及して失職に追い込んだのもラヴェリアらしい政治的な駆け引きだがな。まだ、私の話を疑うと言うのかな?」
「アタシにどうしろと言うのだ?」
「共和国を捨ててボルジアの家の者となれ。お前には謀略家の血が流れておる。私の後をついでボルジアを更に繁栄させることが出来るだろう。」
「このまま家に残れと言うのか?」
「如何に私がボルジアの当主でお前がその娘であるとは言え、共和国軍の将軍のお前がこのまま帝国貴族となる事は世間が許さない。帝国の人間になったという証が必要だ。」
「証とはなんだ?」
「判らぬお前では無かろう。暗殺と謀略で生き抜くのがボルジアだぞ。それを行えばいいだけだ。それをな・・・」

 アワーの言葉の意味をしばらくは図りかねたカーチャであった。帝国国民、いや貴族として生きていくにはどんな証がいるというのか。それもボルジア家の者として。だが、その答えが浮かんだ時、その恐ろしさに顔が蒼白になったことが自分でも感じ取れた。そんな事をしなくてはならないのか。だが、それしか自分の生きる道はないのかもしれない。だが、答えは早急に出さねばならない。カーチャは一言だけの返事をした。

「変態親父・・・ とりあえず、この縛めを解いて。共和国へ戻るわ。」

(2002.12.22)


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