奮戦

カオス・コントン

「共和国軍だーーっ!」
「こっちからも来るぞ! こいつら、青嵐隊…? なんでこんな、アッチコッチから……共和国のヤツら、もうほとんど逃げたんじゃなかったのか!?」

 帝国兵たちの怒号と悲鳴の飛び交う中、青い旗印を掲げた騎馬の一隊が駆け抜けてゆく。
そこはノスティーライナ――共和国首都ガイ・アヴェリの南方に広がる大地の、その中でも特に鬱蒼と木々の茂っている地帯であった。
 先刻まで防衛線を張って向かい合っていた共和国の部隊も、共和国議長ラヴェリアの再布陣に合わせて大部分が転進したのを確認している。 そして現在、帝国軍はその後背を突くべく急進している――はずであった。

「おい、一体どうなってるんだ…? 敵はもう余裕ないんじゃなかったのか」
「それなんだがな、さっきから色んな場所から攻撃を受けてるだろ? どうも敵の新手が来たんじゃないかって話が…」
「そういやここに来る途中に見た村も、やたら人影が少なかったし…。って、おい、それってかなりマズイんじゃないのか?」

 本来ならばとっくに通り抜けているはずの峡谷で、すでに半刻近く足止めされている。その事実は帝国軍仕官たちをイラつかせ、兵士たちに不安を呼んでいた。 そしてこの峡谷に入ってから執拗に繰り返される神出鬼没の攻撃が、更に拍車をかけていた。
 何しろ小規模ながら敵の攻撃してくる数がハンパではないのだ。加えて非常に視界の悪い地形のために敵の正確な数さえ把握しきれず、捕捉した敵を撃滅しようにも獣道のようなわずかな隙間を縫うように突撃してくるため、地の利に明るくない帝国軍には追いすがる事さえ難しい。それもまた一般の兵士たちを疲れさせ、あらぬ不安を呼ぶ原因となっていた。
 共和国には本当に予備兵力が存在し、それが今になって牙を剥いてきたというのか――やがて前線の指揮官たちが最悪のシナリオを考え始めた時、一つの報せがもたらされた。それは帝国軍の後方に控える法術部隊のうち、高台に陣を構えていた部隊からのものだった。
 曰く――敵部隊はごく少数。それが集散離合を繰り返しながら、駆け抜けているだけの様子……注意を払うべきは同士討ちによる被害の拡大である。

 そう、青嵐隊の取った策とはごく少数の分隊を大量に作り、それを帝国軍の死角で交代させながら攻撃……というより、引っ掻き回すというものだった。 事実彼らは分隊を率いる先頭の数名を除けば鳴り物を鳴らし鬨の声をあげるのが主な仕事で、武器を持つ事もほとんど無かった。半数近くが新兵という状態で、せめてその影だけでも利用しようとしたカオス将軍の苦肉の策だったのだ。
 ただこの策が驚異的だったのは、多少狭まっているとはいえ普段なら一部隊が余裕をもって通れるほどの峡谷をほぼ全てカバーしていた点である。 それだけの範囲を、圧倒的に不足する兵数の代わりにバカげた運動量で補う……それは共和国屈指の機動力と、幾度もの壊滅を経験しながらも生き抜いてきた各部隊長の武勇とカリスマに頼った、作戦というよりは賭けに近いものであった。
 そして帝国軍の前線部隊に兵数を見誤らせるこの策は、あまりに単純かつ常識外れであったがために、帝国軍仕官たちに見抜かれるのを遅らせた。
 だがそれも見抜かれてしまえば脆いものである。帝国軍は改めて陣容を整え、この厄介な羽虫どもの駆逐に乗り出した。

「こりゃあ……バレましたねぇ。さすがとゆーか、もうちょっとダマせるかと思ったんすけど…」

 帝国軍の反応が変わったのを感じ、そして味方の小部隊の帰還率が悪化し始めたのを見て、カオス将軍は頭を掻いた。 議長たち、共和国軍本隊が再布陣するまでにはまだ時間がある。殿を買って出た手前、今ここを通す訳にはいかない―。

「とはいえ、この策はここまでっすね。 次の段階に移りますか」

 呟きつつ隣にいる伝令に合図する。すぐに鋭い笛の音が2度、響き渡った。

「さて、そろそろワシらの出番かの……(・w・ 」

 こちらは森の出口、少し開けた場所の付近に身を潜める青嵐隊の控え部隊――その数、およそ400。それらが身を起こし陣形を整えているところへ、カオス将軍率いる別働隊が戻ってきた。

「おかえりなさい、将軍。 ここまではまぁ、うまく行っておりますかな」
「予定よりかなり前倒しに展開してますけどね。それより迎撃準備いいすか? 近くまで引っ張ってきといたんで、まもなく敵の先鋒がやって来ますよ」

 敵の前衛を後方の部隊からこちらが兵を伏せておいたのを伝え聞く前に引き込み、寡兵と思い込んだまま突っ込んできたところに全軍で痛撃を浴びせて再び混乱を呼ぶ。彼我の巨大な兵力差を逆用してのタイムラグ戦法――それが最後の時間稼ぎにして自分たちの撤退できる唯一の機会となる。これがカオスの作戦の最終段階だった。

「さて、と……来たみたいっすねぇ」

 ニヤリ、知らず知らずのうちに笑みが浮かぶ。それは決して余裕から来るものではない。いつ破滅が訪れてもおかしくない、常に綱渡りの作戦……しかしその中で、不安や恐怖を超えて心を震わせるものがある。
 奇妙な高揚感の中、妙に澄み渡った頭で目の前の茂みを見つめる。馬群の近づいてくる足音と共にその震えが大きくなっていくのを見ながら、敵軍の飛び出してくるだろうタイミングを計る。
 ゆっくりとカオスの右腕が持ち上がり……ついにそれが振り下ろされ、号令が響く。

「行くぞ! 青嵐隊、攻撃開始ぃぃっ!!」

 わずかに一部隊、それも通常の半数に満たない部隊で、万を数える敵軍を一刻に渡り足止めした「ノスティーライナの奇跡」――その第二幕の始まりであった。

(2002.12.06)


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