掌を、虹へ(前編)

料理長

「すいません。どなたか来て頂けますか?」
扉の向こうから女性の声が聞こえる。
おそらくその主が呼ぼうとしているのは、今私の足元で気を失って倒れている守衛兵なのだろう。

しばし沈黙が流れる。
ここはこの大陸を治めている国の王城。
いつものように、私はこの城の最上部へと侵入していた。
目的は一つ。
皇帝の暗殺。名も知らない皇帝を殺す…どうという事は無い。
新しい大陸に来たばかりというのは、何より金がいる。
それだけだ。

「すいません。どなたか来て頂けますか?」
女性は律儀に同じ言葉を繰り返す。
弱々しくて………儚い声……。
歩を進めよう。標的はすぐ側のはずだ。


「ゴホッ……ゴホッ……どなたか…いらっしゃいませんか………」
三度目。今度は数度咳込んだのが聞こえた。
すぐにでも消えてしまいそうで……惹きつけられる……声。
しばし、扉の前で立ち尽くした。なかなか、我ながら珍しい行動だ。


「………ゴホッ………ゴホッ……」
人を呼ぶ事を諦めたのだろう。聞こえたのは咳だけだった。
さぁ、そろそろ行くか。
任務はできるだけ早く、無駄なく終わらせたい。

「………ゴホッ………ゴホッ……」
あまり間をおかずにそれがまた、聞こえた。


あの時自分が何故、どんな心境から手を伸ばしたのかは分からない。
……理由なんて無かったのかも知れない。

それは、空に浮かぶ虹に触れようとするが如く。
そう言えばいつだって、想い立つままに、流れるままに旅という行為で夢を見てきた。

今日も明日も、あるがままに。

「………ゴホッ………ゴホッ……」

だから

その扉を開いた。

(2002.09.19)


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