掌を、虹へ(中編)

料理長

目に映ったものは、ひとつ。

わずかな灯の横のベッドから、上身を起こしている女性。
女性の両脇にはすやすやと眠っている二人の子もいるようだ。

「………………あの………」
そこから声が聞こえる。先程からの声と同じ声。
澄みきっていて、美しい声。
けれど、どこか溶けてしまいそうな、声。

「…………新しい護衛の方…でしょうか?」
「………」
「…………では無さそうですね……」
「………」
わずかな光の中でも一際目立つ、その女性の美貌に見惚れていたわけでは、無いのだろう。
その部屋に漂う、不思議な感覚、香りに惑わされていたわけでも、無いだろう。
それでも、なかなか声を発する事が思いつかず、ただ立ち止まっていた。

「……………あなたは?」
「………アームズ……と。」
やっと声が出た…
「アームズさんですか………………どういった方でしょう? なぜここに?」
女性の位置からでは、私の顔も認識できないであろう。
見知らぬ相手だと言うのに全く臆せずに話しかけてくるとは…

「……………通りすがりの旅人といったとこですか………」
こんな所で語り合う気など毛頭無かったのだが、今度は不思議と言葉が出てしまう。
「旅する方…ですか。ここにも見聞を広めに? なかなか警備も強固なはずですが……。」
「そういうものをかいくぐるのは慣れていましてね。」
「そうですかっ……ゴホッ!……ゴホッ!……」
いきなり先程と同じように咳込むとその女性の動きがしばし止まる。

「大丈夫ですか?」
気が付くとすぐ側まで近づいて来てしまっていた。
近くで見ると改めて、その美しさが分かる。熱のせいか火照っているせいもあり、ひどく妖艶に映った。
「ひどいな……流行り病…ですね…これは。」
「お分かりになるので?」
「これでも、世界を渡り歩いている身ですからね。」

「……では………私が永く無い事も…お分かりで?」

この症状は旅先で詳しく聞いた事がある。原因不明の不治の病…基本的に一年ともたない。

「………………ええ。」
安心させたって仕方が無い。いや、そんな嘘をついているほど頭は回っていなかったのか。気が付くと、腰の水の入ったボトルを手渡し、身を翻していた。
「待っていて下さい…すぐ戻ってきますから。」
「え…………これは?」
「頻繁に喉が渇きやすいはずです。水が欲しくて護衛の者を呼んでいたのでしょう?」
「あ………はい……」
その返事を背中で聞きながら、私はその部屋を出た。

城内にあるはずの手頃なテリトリーを探しに。
戦場と二分する、私の腕を生かせるその場所へ。

(待っていて………すぐ戻ってくる………か)

理由なんて無いのだろうな。

どんなものにも手を伸ばしてみる。
それから、始めてみるさ。

(2002.09.22)


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