因縁
キロール・シャルンホスト
霧が深く静かな夜。 その静寂を切り裂きカルスケートを走る軍馬の群。 翻る旗はラグライナ帝国旗。 それは騎兵の群だった・・・その数、およそ400。 目指すは、先程の野戦で指揮官を討ち取った撤退中のガルデス共和国軍の陣。 軍馬の音に、共和国の陣が恐慌の態を示す。 周囲は小高い山々に囲まれ、どうにか1部隊が通れそうな場所での夜営。 それを狙った奇襲は帝国軍の若き指揮官の狙い通りに成功するやと思われた。 だが、その思いを裏切るが如き号令が、帝国軍の側面より発せられた。 「第8歩兵部隊、火を放て!!」 共和国の第8歩兵部隊・・・その数およそ200。 通常ならば、例え囲まれたところで突破できぬ囲いではない。 だが・・・・炎は、訓練された馬を怯ませるに充分な勢いだった。 炎と歩兵の槍と騎兵の機動力を生かせぬ地形が猛威を振るう。 「やってくれる!」 その怒りを隠さず馬上で周囲を見渡す女性指揮官。 先程まで、静かだった夜。 だが、今は夜空を朱に染め、大地は赤々と燃えていた。 ・・・・・ ・・・・ ・・・ ・・ ・
クルス暦1250年。 共和国とクレアが同盟を結んだ年に、帝国軍と共和国軍の間に名も残さぬ小さな戦いがあった。 帝国側の指揮官は、後に紅い死神と呼ばれるバーネット=L・クルサード。 そして、その妹であるヒルデ・クルサード。 片や共和国側は、この戦闘で戦死したトラファルス・コーネイ。 混乱する友軍を逃がすべく、殿部隊を率いたのは 後のLegion指揮官キロール・シャルンホストであった。
事の起こりはクルス暦1250年第2期。 キリグアイ方面から威力偵察を行うべく帝国軍第13分隊を率いて クルサード姉妹がカルスケート方面に侵攻。 当時、国境沿いの警護に当たっていた第10部隊指揮官のトラファルスは 帝国軍進入の報を聞いて部隊を慌てて迎撃に向った。 帝国第13分隊の兵数は600騎の騎兵。 共和国カルスケート方面警備隊の兵数は1000人の歩兵。 まともに戦えば共和国側の勝利は明白であった・・・だが。 敵指揮官が若い女性である事に油断したトラファルスが 騎兵の機動力とクルサード姉妹の用兵の妙の前に敗れ去り敗走を始めた。 一度崩れた軍隊は持ち直すことは困難であり、トラファルスにはそれを行う技量も最早無かった。 この戦いの死傷者は共和国が一方的に多く500人の戦死、戦傷者を出し100人近くが捕虜となった。 それに引き換え帝国軍は戦死、負傷者合わせて200人程度だった。 少数の兵を用いて数に勝る敵軍を討つ。 ここで軍を退いていればクルサード姉妹の名が高まり、戦史に名を残す戦いとなったかも知れない。
勝ち戦に浮かれることなく帝国兵は更なる戦いの構えを見せていた。 「姉さん、そろそろ引くべきでは・・?」 ヒルデ・クルサードが更なる追撃を仕掛けようとする姉に告げる。 「叩けるうちに叩く、基本だろ?」 ヒルデの訝しげな声にバーネットは微かに微笑んで告げる。 確かに、理に適っている。 そして、バーネット=L・クルサードと言う若き将の性格にも。 「兵たちをあまり酷使しない方が良いと思うのだけれど」 苦笑を浮かべ、それでも出陣の用意を怠らないヒルデ。 「一仕事終えたら、楽させてやるさ」 バーネットはその様子に可笑しげな笑みを浮かべて呟いた。
一方、敗走中の共和国軍。 「早急に今言った地点まで歩け・・・無駄死にしたくなければな」 敗軍を率いるのは、陰気な兵士だった。 負け戦だったからか? 否、それは彼の生来兼ね備えた性質。 警備隊任務についていた第8歩兵部隊の長、キロール・シャルンホストだった。 「その場で夜営を張れ・・・場所を違えるなよ!」 そう叱咤し、敵の動向を探るべく斥候部隊を幾つか放つキロールに老兵が話し掛ける。 「隊長・・・来ますかね、敵さんは」 「騎兵ならば、届く位置だ・・・来ないと断定するには危険すぎる」 「備えあれば・・・とは言え、大歓迎ですな、これは」 老兵の呟きにキロールは、薄く笑みを浮かべただけだった。
・ ・・ ・・・ ・・・・ ・・・・・ そして、運命の時。 バーネットは一人、燃え立つ戦場を彷徨っていた。 炎に紅く染まる人馬の屍に馬が足をとられ、使い物にならなくなってから如何程の時間が過ぎたか。 そう思い周囲を見渡す・・・・大勢はほぼ決していた。 この戦場にたった両軍共に壊滅。 400の帝国騎兵も200の共和国歩兵も。 200前後の敗残兵を救う為に、同じ部隊にいた200前後の歩兵が壁になるとは・・・ 勝ちに浮かれていた訳ではないが・・・甘く見ていた事は否めない。 その双眸で妹の姿を探しつつ、バーネットは一つ舌打ちをする。 その瞬間、彼女は愛する妹の姿を見つけた。 妹に向って刃が左右に伸びている奇妙な剣を構えた共和国兵士の姿と共に。 バーネットは走った。 手に持つハルバートを握り締めて。 兵士がヒルデに剣を振るう! バーネットの口から叫びが上がり、ハルバートが共和国兵士に向って勢いよく振るわれた! 何かを断ち切る感触がバーネットの手に伝わり、それと同時に灼熱が右目を貫く。 「姉さん!!」 ヒルデの声が響く。 そして、聞きなれぬ声が・・・・ 「大将!! 退き時だぜ!!」 若い兵士の声。 「そうか・・・」 微かにそう呟きバーネットの右目から折れたツインソードの片割れを引き抜き共和国の兵士が呟いた。 「・・・あんた・・・名は?」 「キロール・シャルンホスト・・・・次は互いにいま少しマシな状態で戦いたい物だな・・」 「・・・あたしは、バーネット・・・バーネット=L・クルサード・・・この名を忘れるな!」 それに答えず、共和国兵士は戦場を後にした。 残った物は、焼け爛れた両軍の兵士と数少ない生き残りたちだった。 <了>
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