シチルの攻防−始まり−
朝霧 水菜
「また・・・ですか」
兵士からの報告に、水菜は僅かにその表情を曇らせつつ、呟く。
一時撤退及び補給を終えた『紅月夜』が前線に戻ってきて直ぐ、
時を同じくしてシチル軍に復帰した、『蒼風』の突出の報が入ったのだ。
「今回も挑発かニャ・・・どうする、受ける気かニャ?」
その水菜の膝の上で、同じく報告を聞いていた紫苑が、己が主に問う。
暫しの黙考の後で、水菜の首が弱々しく横に振られる。
「流石に前回の単独先行でミルさんからお叱りを受けてしまいましたし・・・」
前回、『蒼風』隊の挑発を受けて、『紅月夜』が単独先行をしたために、
他の帝国部隊の行軍が乱れ、結果的に乱戦を招く事になり、
帝国部隊はこの『紅月夜』を筆頭として、一時戦力建て直しを要求されたのだ。
その件で、水菜は前線に戻るや否や、『愚連隊』の副官であり、
シチル戦線における作戦立案の中心人物であるミルからの呼び出しを受け、
キツいお説教を受けて、つい今し方、自軍の天幕に戻ってきた所なのである。
「でも・・・・」
呟いて、つと、水菜が真剣な表情になって、
頼りなく、揺れていた双眸がしっかりと定まり、前方を見据える。
「向こうから挑んでこられるのであれば・・・
それ相応の礼儀を持って、受けさせていただきましょう」
その水菜の雰囲気の変化に、兵士は悟った―これから戦いが始まるという事を。
「第7部隊の全兵士に通達。いつでも交戦開始できるよう、準備を怠らないように」
「はい、わかりましたっ!!」
敬礼をして、駆け出していく兵士の背中を見送り、
(エアードさん・・・迷いは・・・ないですから・・・・)
そっと、胸中で呟いて、長年親しんだ狭霧の柄を、水菜はそっと、握り締めた・・・
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