分かつ時、再び

朝霧 水菜

そこは、「真なる静寂」に包まれた世界だった。
―それは、いつも変わらない、悪夢の始まり。
『生命』の名のつく物は何も存在しない―否、2人を除いては。
―悪夢は消えないから悪夢なのか、それとも見る事が悪夢なのか。
数度、ぶつかりあった2人は最後の動きを見せる。
―終着点も同じ。なぜなら、それは変える事の出来ない過去だから。
一瞬の交錯の後で、立っていたのは1人だった。
―結局はそれが全てか。拭えない、罪人の記憶としては・・・

「また・・・あの夢を見ちまったな」
エアードが体を起こし、呟く―全身に脂汗が浮かんでいた。
どうも、そうゆっくりとはさせてはくれないらしい。
「何だか・・・嫌な予感がするな・・・」
心とは対照的に澄み切った空を見ながら発した呟きは、直ぐに消えていった・・・

「あ・・・ありがとうございます・・・・・」
部屋の入り口で伝書を受け取って、水菜は軽く会釈をし、扉を閉めた。
途端、その表情に影が差す―もう、何度目か。こんな思いをするのは。
(どうか・・・今回も違いますように・・・・)
祈りながら、封を開き、中身を覗く。
―果たして、そこに書かれていたのは水菜の願いを裏切る物だった。
「来た、みたいだニャ・・・」
主の落胆した表情を見て、全てを察した紫苑が呟く。
「はい・・・そうゆっくりとはしてられなくなりました・・・・」
呟く水菜が浮かべたのは苦笑か、それとも失笑か・・・

「あのさ、言いにくい事なんだが・・・」
「あ、あの・・・実は・・・・」
朝食の席―重い空気の中で、同時に切り出そうとして、どもる。
「え、エアードさんからどうぞ・・・」
「いや、お前からでいいぞ」
何となく、ぎこちない―それは、傍目から見ても明らかだった。
紫苑は無言で関心が無さそうにしているが、
メイリィの方は2人の間に挟まれて頬に冷や汗を浮かべている。
「その・・・私の部隊の正式なシチル戦線への合流要請が届きました」
意を決したように、水菜が切り出す―既に部隊編成は済ませ、待機はしていたのだが。
部隊が動くのであれば、エアードをこれ以上、捕虜としては異例の特別待遇にしておく事も難しい。
「そうか・・・いつぐらいに出立なんだ?」
まあ、ある程度、お互いわかっていた事なのだろう―エアードにも驚きはなかった。
「部隊が集結次第という事ですから・・・今日の夕方には・・・・」
「早いな。まあ、俺もそろそろ出ようかと考えていた頃だったし、丁度いいか」
エアードの言葉にも、何故か水菜は驚かなかった。
いつまでも引き止めてはいられない事は、初めからわかっていたのだから。
―その日の朝食は、ずっと気まずい空気が漂ったままだった・・・

「また、ここで別れる事になるとはな・・・つくづく、ここって因縁の地だな」
苦笑しながら、エアードさんが空を仰ぐ。
既に漆黒の闇が辺りを包む中、空にはあの日と同じような綺麗な月が浮かんでいた。
「そうですね・・・あの時も、月が綺麗でした・・・・」
同じように空を振り仰ぎながら、私もしみじみと呟く。
思えば、まだエアードさんと出会ってから、1年ぐらいしか経っていない。
その短い間に、本当に色々な事があった―楽しい事も、悲しい事も、色々と。

あの時と違うのは何だろう・・・
―お互いの立場? 私の中で占めるエアードさんの存在?
じゃあ、あの時と同じなのは?
―それは、多分、これが永訣の別れではないという事。

「まぁ・・・お互い生きてたら、また会うだろうさ・・・・・・」
「それが・・・戦場でないといいですね・・・・」
言って、背中のスカイハイの位置を直すエアードさんに、そう返す。
ああ、そういえば、あの時と決定的な違いがあった。
「エアードさん・・・私は・・・もう、戦場でも自分を偽りません」
腰に下げた狭霧の位置を直す―そろそろ、頃合だと思う。
余り長引くと、堪えきれずに、引き止めてしまいそうだから。
「そうか・・・余り、無茶はするなよ」
「はい・・・エアードさんも、無謀な事は避けてくださいね・・・・」
2人、歩き出す―私は待機させている部隊の方へ、エアードさんはその反対へと。
月下の下に、再び分かつ道は、今度も交わる事はあるのだろうか?
一陣の胸騒ぎを胸に、私は去り行くその背中を見送っていた・・・

(2002.10.19)


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