彷徨

朝霧 水菜

雪に覆われた聖都クレア近郊を、1人の女性が歩いている。
パッと見では、クレアの民とも見間違うかもしれないが、決してそういう事はないだろう。
ボロボロになった衣服と出血自体は止まっている裂傷、
そして、なにより、その右手に握られた、鈍い光沢を返す一振りの片刃刀が、
彼女が『戦場の人』である事を暗に示していた。
「早く・・・探さないと・・・・」
その女性―朝霧水菜は焦燥しきった顔で、激戦が繰り広げられた後の戦場を彷徨っていた。

―話は少し前に遡る。
コマ・スペンギルド率いるクレア第10部隊との一騎打ちを開始して以来、
法術の利点を利用して先手を打ってくる敵部隊に対して、紅月夜はかなりの劣勢を強いられていた。
その兵士の数は300を割り、最早、部隊の壊滅という自体は避けられそうにもない。
(この状況で・・・メイリィさんを無事に戦闘区域から退却させられる方法は・・・・)
天幕の中で、険しい顔をしながら敵部隊と自分の部隊との位置関係を示した地図を睨む。
「珍しい・・・主が真剣な顔をしているニャ」
そんな水菜の様子に紫苑が突っ込むが、それすらも水菜は聞いていないらしい。
仮に、ここで退却したとしても、相手がみすみす見逃してくれるとは考えにくい。
だとして、友軍が来るまで相手が待ってくれる可能性というのは、それ以上に低いだろう。
となると、残されている方法は余り多くはなかった。
(私が前に出て・・・相手をひきつける・・・・)
私が直接、守れないというリスクは背負うけど、そこは紫苑を信頼するしかない。
「あ、あの・・・水菜様・・・部隊への指示は・・・・」
見慣れないそんな水菜の姿に、些か戸惑いを隠せない様子でメイリィが尋ねる。
広げていた地図を仕舞い、立ち上がってそちらに向き直り、覚悟を決めて、
「部隊を3つに分けて波状攻撃を行います・・・
 まず、私と少数の部隊が敵陣に突撃を仕掛け、切り崩し、
 残る2つの部隊で両翼から挟撃を・・・紫苑とメイリィさんは後続の2部隊を指揮してください」
「え、は、はい。わかりました」
「・・・・それで、主はいいのかニャ?」
返ってきたのは驚いたようなメイリィさんの同意と、
それだけで全てを察したのだろう、紫苑の問いかけだった。
「では・・・紫苑、メイリィさんの事を頼みましたよ・・・・」
敢えて、それ以上は言わずに、天幕を出る―雪の白と血の赤に染まった戦場へと。

既に自らの部隊は壊滅、辛うじて300余りの兵力を残したコマ隊にも、
アリサさんの部隊が退却ついでにトドメを刺す事になっている。
そういった事から、本来、彼女は素早く帝国軍の陣まで退くべきなのだろうが、
「紫苑・・・メイリィさん・・・どこ・・・ですか・・・・」
朦朧とした意識の中で、人の気配の絶えた紅白の大地を歩く。
果たして、今、この雪を染める真紅の血は自分の物か、それとも・・・
―ドサッ・・・
雪に足を取られて倒れるが、もう、そこから起き上がる気力は残っていなかった。
寒さからか、単純な血の不足からか、だんだんと全身の感覚ですらなくなりつつある。
『まぁ・・・お互い生きてたら、また会うだろうさ・・・・・・』
けれど、まだ死ねなかった―死ぬわけにはいかなかった。
迫り来る『死』に抗いながら、それでも、私の意識はゆっくりと闇に閉ざされていった・・・

(2002.11.23)


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