訃報

朝霧 水菜

始まりはいつだって唐突だ―そんなセリフをどこかで聞いた覚えがある。
じゃあ、終わりはどうなんだろうか?―ひょっとしたら、それは始まり以上に唐突かもしれない。

水菜に一通の手紙が届いたのは、コマ・スペンギルド率いる部隊との交戦で受けた傷が癒え、
聖都決戦の帝国軍・前衛の地となったシチルに戻ってきた、直後の事だった。
訃報―彼女がそれを受ける可能性がある人物は、今の所、2人だけだ。
そして、その2人のどちらが死亡したとしても、彼女にとっては酷な現実となる。
「・・・・・・・・・・」
緊張の面持ちで封を開け、中を見やり―その表情が凍りついた。
「この方のお墓は・・・どこに・・・あるん・・・ですか・・・・?」
手紙を届けた兵士に問う、震える唇で紡ぐ言葉に、生気は感じられない。
今まで多くの訃報を届けてきたのだろう―兵士は、辛い表情でそんな水菜を見、
「確か、シチルの近くに立てた、と伺っています・・・」
「シチル・・・ですね・・・・」
力なく立ち上がり、フラフラと部屋を出ていく―その拍子に手紙が、パサリ、と床に落ちた。

エアード・ブルーマスター シチル戦線にて死亡。

まさか、本当にここまで、ここが―このシチルが因縁の地となるとは思いもしなかった。
それは本当に質素な物だった―通りすがった人では、気づかないくらいに。
エアードさんの墓―その前に、呆然と私は立ち尽くしていた。
「どうして・・・生きていれば・・・会えるって・・・・」
呟きが漏れ、瞳から涙が滴り落ちるのがわかる。
まるで、それすらも自分ではないかのような、感覚―父親の死の時でも、こうはならなかった。
視界が曇るが、それは涙のせいだけではないだろう。
なにしろ、ここに来るまでのおよそ半日、飲まず食わずで歩いてきたのだから。
「会えるって・・・言ったじゃ・・・ないですか・・・・」
ガクッ、と墓の前に跪き、血色の悪い指を地面に埋め、土を掘り返す。
せめて、そこに遺骨がなければ、まだ生きていると―これは悪夢だと、思えるかもしれないから。
固い土はなかなか掘りにくいけど、それも流れ落ちる涙が解消してくれた―皮肉だけど。
それでも、白い指には血が滲み、それ以上に、心が散り散りになってしまいそう。
朦朧とする意識の中で、どれだけその作業を繰り返しただろうか。
と、その指が、何か、固い、嫌なモノを―――

「何だ、墓荒らしか・・・って、お前・・・水菜か?」
不意に背後から響いた聞き覚えのある声に、ぼんやりとした眼差しで振り向く。
「エアード・・・さん・・・・・?」
そこに立っていた人は、黒髪だったし、服装も全然違ったけど、
雰囲気がエアードさんのそれと全く同じだった―少し前に、別れた時と何も変わらないままに。
とうとう、疲労が頂点に達して幻影でも見るようになったのかな。
それとも、天国からのお迎えがエアードさんなのかな―それはそれで、嬉しいけど。
「うわ・・・酷いな。髪も服もボロボロじゃないか。何だって、こんな・・・ん?」
私の身なりを見て驚いていたエアードさんの言葉が止まり、その視線が私の目へと向けられる。
しかし、同じようにエアードさんを見ているはずの、私のそれとは絡み合わなかった。
それもそのはず、私の目は、既に焦点を定められなくなってきていたのだから。
「おーい・・・意識はあるか?」
そんな私の前に屈みこみながら、呼びかけ、私の頬を手でムニッ、と握った―痛い。
となると、これは現実なのだろうか―だとしたら、何で、エアードさんの墓が・・・
「どうして・・・?」
先ほどまでと同じセリフを―けれど、今度は明確に目の前の相手に向かって、問いかける。
上手く働いてくれない思考は混乱し、何が現実で、何が虚構なのか、その判別ができなかった。
「あ?ああ・・・ひょっとして、訃報がお前の所にも届けられたのか?」
その呟きを聞いて、ようやく合点がいったという様子のエアードさんに、コクリ、と頷く。
「あー・・・失敗だったな。お前の所には、手紙でも送っておいてやるべきだったか。
 流石に、お前だったら誰にも話はしないだろうし・・・もう、クレアは戦えないしな」
エアードさんは独り言のように言いながら、苦々しげに表情を歪ませる。
そこで、ようやく遅れてついてきた思考が、目の前の事態を理解し始めた。
つまり―何かしらの理由で、戦場に出たくなくなったエアードさんは、
『エアード・ブルーマスター』という存在を『殺す』ことにした、という事かな。
「悪いな・・・まあ、大事になる前に見つかって良かった」
言って、エアードさんが頬から手を離し、立ち上がる。
プチッ―何か、そんな音が、頭の中から聞こえた気がするが―まあ、気のせいだろう。
続くようにして立ち上がり、大きく息を吸い込んで、血塗れになった手を握り締める。
「お、何だ、ちゃんと立てるじゃないか」
ここにメリケンサックがないのが惜しいが、贅沢を言っても仕方がない。
「あ・・・・・」
「あ?」

「アホオオオオオオオオオっ!!!」

私こと朝霧水菜が自分でも生まれて初めてと思えるぐらいの叫びと共に、
全体重をかけた渾身の右ストレートを、疑問符を浮かべていたエアードさんの顔面に叩き込む。
「ぐはっ・・・・(吐血)」
その一撃をもろに顔面に受け、仰け反るように倒れるエアードさんに、
続くように倒れこみながら、馬乗りになって胸倉を掴みあげ、
「人を散々心配させておきながら、ひょっこり現れて、謝って・・・
 私がどんな気持ちでここまで来たかわかりますか?
 生きていれば会える、って言われて、クレアとの決戦の時も、
 必死に生き残る事だけを考えて、やりたくもない人殺しをして・・・
 冗談も度が過ぎると冗談じゃなくなるんですよ?」
今までの自分のどこにこれだけの気力が残っていたのかと驚くぐらい、
舌がもつれてしまいそうな勢いでまくし立てる―そうでもしないと、気が済みそうにない。
「耳が・・・俺の耳がぁ・・・・・」
「って、聞いてますか、エアードさ・・・ん・・・・」
私の拳が叩きつけられた顔面よりも、間近で絶叫を聞いた耳を押さえながら呻くエアードさんに、
更に詰め寄ろうとして―唐突に視界が暗闇に覆われ、全身から力が抜け落ちていく感覚に襲われる。
やっぱり、半日以上の歩き詰めと精神的な負担は、そう軽くはなかったらしい。
「・・・・・っ・・・・・・」
何とか、襲い来る闇に抗おうと、目を開けようとするが、それすらもままならなくなってくる。
私の異変に気づいたのか、少し慌てたようなエアードさんの顔を見て―そこで、私の意識は途切れた。

(2002.11.24)


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