回帰する心

朝霧 水菜

閉ざされていた瞳を開き、辺りを見回すと、そこは何故か真っ暗な闇だった。
(あれ・・・私は確か・・・・)
記憶を辿り、目覚める前、最後に見た光景を思い出そうとする。
しかし、何か思考にもやがかかったように、頭がボーッ、としていて思い出せない。
ただ、1つだけわかるのは、多分、これが夢だろうという事だけだ。
夢だとハッキリと自覚できる夢―明晰夢―の中に、私は今、居るのだと思う。
「アイツが来たなら・・・アタシが心配する必要もなかったかニャ」
唐突に響いた懐かしい声に振り返ると、確かに、そこに居たのは紫苑だった。
ただ、その姿を認めた途端、私の中に一抹の不安が過ぎる。
「ひょっとして・・・私って・・・死んだ・・・・?」
それは困る―何故だか理由はよく思い出せないけど、とても困る気がする。
焦る私を見て、紫苑は―これも懐かしい感じがしたのだけど―嘆息を漏らし、
「落ち着くんだニャ・・・主もアタシもメイリィも、誰も死んでないニャ」
そう、囁くように言う―普段は無感動だった瞳が、何故か、温かい感じがした。

―その時、唐突に辺りから闇が消え、風景が蘇ってきた。
と言っても、地面に足をついているような感覚はない―どちらかと言えば、幽霊に近い感じ。
軽い驚きをもってそれを受け入れつつ、辺りを見回す。
そこに広がっていたのは―ある意味では紫苑よりも、遥に懐かしい風景だった。
「朝霧本家の屋敷・・・主の記憶にあったモノだから、今の物ではないけどニャ」
紫苑の言葉が私の認識を肯定する。生まれて十余年も過ごした場所を見間違えるはずなどなかった。
と、辺りを見回していた視線が、1人の少女を捕らえ、釘付けになった。
(そういえば・・・これは私の記憶なんだっけ・・・・)
幼い日の自分の姿を見つめながら、先ほどの紫苑の言葉を反芻する。
その上で、記憶の中からこの場所での思い出を引き出そうとするが―やっぱり無理だった。
しかし、少女の行動を見ていれば、直ぐにその時の記憶だけは蘇ってきてくれた。
『えーっと・・・確か・・・これで良かったんだよね・・・・』
呟きながら、少女は手元に握られた一枚の紙を見つめている。
確か、この日は初めて陰陽術を教えてもらったのだと思う―そして、その陰陽術というのが、
『紫雲みたいな格好いい式神・・・私にできるかな・・・・』
少女の期待と不安に満ちた瞳を見、オチを知ってる身としては、思わず頭を抱えて逃げ出したくなる。
けれど、不幸な事に、そこが夢の儚さか、足だけは自由にはならないようだ。
『・・・・えいっ!』
聞き取れないような小さな呟きの後で、掛け声とともに、少女が式符を投げる。
その声に応じて、投げられた式符に刻まれた文字がその効力を発揮し、象った。
これは後になって知った事なのだけど、あの時教えられていたのは、
元々、それほど強力な式神を作り出せるような類の物ではなかったらしい。
『ふぅ・・・アンタがアタシの主かニャ?』
『・・・・・・・・・・・・・・・』
やがて、式符から生まれでたモノ―小さな黒猫を見て、少女は呆然としていた。
彼女のイメージしていた誇り高く、威厳のある狼ではなく、
目の前に現れたのは、いかにも頼りなさそうな猫だったのだから、まあ、然るべき反応だったと思う。
思えば、この時か―自分が決定的に術の方には才能がないと諦めたのは。

「懐かしい・・・まだ“覚えて”いたんですね・・・・」
呟きながら、首だけで振り返り、背後に居る紫苑を見やる。
「この後、主とは色々あったニャ・・・まあ、全部が全部、楽しいとは言えないけどニャ」
言いながら、紫苑もまた、記憶の風景から私の方へと視線を戻した。
つと、その瞳が穏やかな物から真剣なのへと、切り替わる。
「アイツは・・・確かに優柔不断で、自己中心的な感じだけどニャ・・・・
それでも、簡単に主を見捨てて放り出すことはないと思うニャ・・・・・多分」
「なんだか、随分と自信なさげですね・・・」
そもそも、私としては紫苑の言う“アイツ”が誰のことなのか、よく思い出せないのだけれど。
「だって―――いや、止めておくニャ。話すと短くはならなさそうだしニャ。
それに・・・余り、時間はないみたいだニャ。もう直ぐ、主は目覚めなければいけないニャ」
言おうとした事を止めて、紫苑はどこか、遠くを見つめる。
確かに―それまで明確に繋がっていた紫苑と私の意識が、段々と薄れていっている。
「最後に―多分、これは起きたら忘れているだろうけど―アタシはメイリィについていくニャ。
主は家の事も、アタシらの事も忘れて・・・自分の生きたいように生きて欲しいニャ」
そこまで言って、また、穏やかな目をして―そこで私の夢は終わりを告げた・・・

(2002.11.24)


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