心、研ぎ澄まして
朝霧 水菜
夕食が終わり、私は乾いた私服に着替えて、庭に立っていた。
手にはこれも慣れ親しんだ愛刀【狭霧】―刀に慣れ親しむのは我ながらどうかと思うが。
ただし、普段の戦場とは違い、その刀身は鞘から抜かれて居ない。
その狭霧の柄に手を添えて、瞳を閉じ、静かに感覚を研ぎ澄ませていく。
何も考えず、ただ、ひたすらに辺りと等価の存在になるように。
それは、自分を見つめる作業とも言えた―己の内側に何が存在するのか。
澄み切った鏡のように一切の迷いがなく、静かな水面のように動揺もない心―即ち明鏡止水。
その、剣術だけに限らず、あらゆる極みの1つとも言えるモノを目指し、心を落ち着けていく。
―カサッ・・・・
僅かな衣擦れの音に、まとまりかけていた心は一瞬の内に霧散した。
それ以上の集中を諦めて、柄から手を離し、瞳を開く。
「悪い・・・邪魔したか?」
そこに蒼主さんの姿を認め、頭を軽く横に振って否定する。
同時に、周囲にのばしていた感覚の結界も瞬時に霧散させた―視覚があれば、それは必要ない。
「どうかしたんですか・・・? 紗耶さんや春華さんはもう寝たと思いますが・・・・」
それを言うなら、自分もだろう―と、自分でツッコミを入れる。
「いや、ちょっと目が覚めたんで散歩に出たら、お前の姿を見かけてな。
その・・・雰囲気というかな。それが、以前のに似てたから、少し気になったんだ」
対して、蒼主さんは僅かばかり、日頃よりも真剣な目でそう言った。
以前―それは、あの戦場での、という事だろうか。
確かに、あの時の私は、今から思い返しても不思議なくらい、無感動なままで人を殺していた。
ただ、あれとさっき求めた形とでは、決定的に違う部分がある。
あれは己の心を殺していたが、今のは逆にそれを見つめようとしていた。
「大丈夫です・・・もう、自分の心を偽ってまで、人を殺そうとは思いませんから・・・・」
自分でもその事を確認しながら、微笑を浮かべる。
―それで、今まで殺してきた人達に報えるかはわからないけど。少なくとも、私はそう決めていた。
「そうか・・・なら、いいんだけどな」
言いながら、そのまま蒼主さんは縁側に腰を下ろした。
月の光は、下手な街灯よりも明るく、辺りを照らしている―辺りに街灯がないせいかもしれない。
「お茶・・・要りますか・・・・?」
続くように隣に腰を下ろして、水菜が熱いお茶が入った湯呑みを差し出す。
「ん、ありがとな・・・って、今、どこからだしたんだ、お前?(==;」
受け取ったお茶を飲んでから、ふと、気づいたて辺りを見回す。
が、当然ながら、それらしい道具は見当たらない。
「ほへ・・・? 茶菓子もありますよ・・・・」
しかし、逆に疑問符を浮かべながら、水菜は手早く茶菓子を並べている。
確か、前に抱いた時の感触とかではそういった物を隠すような場所はなかったはずだが。
(異次元・・・か?)
それは違うだろう―頭を過ぎった考えを、即座に否定する。
「だって・・・私・・・お茶が好きですから・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・余り深くは考えないようにしよう(−−;」
長い沈黙の後でそう自分を納得させて、きな粉餅を頬張る―美味しいのだから、まあいいか。
「そういえば・・・お前はやっぱり戦場に戻るのか?」
きな粉の甘味を味わいながら、隣で幸せそうにお茶を啜っている水菜に問いかける。
これで幽体離脱でもしていたら、それこそ笑うに笑えない話なんだが。
「はい・・・突然、失踪したままだったら帝国としても蒼主さん達としても何かと大変でしょうから・・・・」
幸い(?)そういう事はないらしく、水菜はきちんと答えてきた―ただし、顔は幸せそうなままだが。
「何で俺達が大変なのかがわからないが・・・そうか、やっぱり戦うのか」
いまいち、しっかりと考えているのか一抹の不安を感じながら、呟く。
さっき、姿を見かけた時から何となく、わかってはいたのだが―それでも聞いておきたかった。
つまるところ、水菜自身は、戦う事を望んでいるのか、どうかを。
「早くこの戦争を終わらして、春華さん達の世代を平和な物にしたいというのもありますが・・・
良かろうとなかろうと、この戦争の結末の形を自身の目で見てみたいんです・・・我侭になりますけど」
言いながら、水菜がまたお茶を啜る―その横顔から悲壮さは感じられない。
「まあ・・・そこまで言うんだったら、止めはしないさ」
呟き、天を振り仰ぐようにして、夜空を見上げる。
そこには、物言わぬ月と、無数の星達が静かに輝いていた。
「んっと・・・気持ちいいですね・・・・」
軽く体を反らして、1つ伸びをし、全身に血液を行き渡せる―元々少ない荷物は簡単に纏められた。
「そうだな。紗耶、遠出は久しぶりだけど、大丈夫か?」
「はい、体は動かしてましたから・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
背後から続いた声に、沈黙しながら緩慢な動作で振り返る。
―果たして、そこに居たのは旅支度をした蒼主さんと紗耶さんだった。
「何で・・・旅支度なんてしてるんですか・・・・?」
「いや、流石にお前1人を行かせるのもなんだしな。体もなまってきてたし」
「蒼主さんが行くのなら・・・私もついていきます」
「はぁ・・・・そうですか・・・・・」
余りの事に、これといった反論も思い浮かばずに、生返事を返す。
小鳥達の囀る声が、旅立ちを祝福するかのように、静寂に包まれた神社に響いていた・・・
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