叢雲、帝都に現る
御剣 叢雲
夜…暗闇に街も森も例外なく包まれる。
多くの人たちがそして動物たちが目を閉じ、次の日がやってくるのを待っている時…
夜陰の中、つるはしなどの工具を持って帝都へと向かう集団があった。
帝都の城壁は堅固なものだった。暗闇の中でひときわ黒く、城壁は威圧感を持ってこちらを見下ろしてくる感じもする。
「よし、それじゃこの辺掘るよ」
小声で叢雲が言い始める。
「朝までに完成させてね」
叢雲に同行した白峰蛍は複雑な想いを持って帝都の城壁を見上げていた。城門が硬く閉ざされ、忍び込むのは難しそうだ。失敗も覚悟しながら蛍は自分に向かってやってくる叢雲に視線を移した。
「蛍ちゃん、とりあえず今作業始めたから…日が昇るまでには終わると思うよ」
「え? あの中には入れたの?」
「ん? 今は落とし穴掘ってるよ。かなりでっかいやつになるからしばらく時間かかるけど…終わったらあの壁に罠仕掛ける予定。」
「……できれば中の軍事施設とかを機能できないようにして欲しかったんだけど…」
「???」
小首を傾げて固まってしまった叢雲を見て蛍は溜息をついた。
遠くの山の稜線が次第にはっきりと見え始める。
既に罠はできているので叢雲の部隊は聖都に帰るはずだった。
「見つかった?」
「いえ、周辺をくまなく捜していますが、全く見つかりません」
「どこ行っちゃったんだろう…まさか捕まっちゃったとか…」
しかし叢雲たちは副将の彩音が帝都到着後から行方不明になっているためにその場を動くことができなかった。
「ん?彩音ちゃんなら昨日の夜の間に「買い物に行く」って中入ってったんだけど…まだ帰ってないの?」
「か、買い物…?」
この人達といると胃に悪いと蛍は本気で思った。
「じゃあ…とりあえず私が彩音ちゃん迎えに行ってすぐ追いつくから先戻ってて」
と言って叢雲が無防備に帝都の門へと向かっていく。シンパの皆様は「叢雲ちゃんが一人で行くなんて…」と猛反対したが「止めたら嫌いになっちゃうよ」といったらすんなり引いてくれた。
ちなみに蛍は既にあきらめているのか、シンパの皆様と一緒にうなだれながら聖都へと帰っていった。
「さ〜てと…」
日が昇ってしばらく経ち、少し前に朝食を食べた腹も次第に空腹を訴え始めていた。自分の家計は代々門兵をやっているらしいが…暇な仕事だ。
クレアと共和国との戦火が開かれたと言ってもいきなり首都までやってくるわけが無い。門兵はのんびりと道の向こうを見ていた。
突如として門兵の前に一人の少女が馬を走らせてくる。目深にフードをかぶった少女は息を切らせながら門兵の目の前に馬を止めた。
「山賊に追いかけられてるんです。助けてください!!」
突然やってきた少女の言葉に門兵は慌て、一人で山賊を探しに飛び出す。一人だけ取り残された少女はそれを見送ってから無防備になった門をさっさとくぐっていった。
「さ〜てと、彩音ちゃんはどこかな…」
「でっかい…」
帝都に侵入した叢雲は目を疑った。外から城壁を見ていたときには気付かなかったのだが、帝都はかなりの大きさをもっている。この中から一人の少女を見つけるのはかなり骨が折れる作業に思えた。
「ま、そのうち見つかるよね」
昼前の通りをふらふらと歩きながら叢雲は片っ端から店を覗いていった。しかしどこにも彩音の姿は見えない。
と、そこに店先でオヤジがふんぞり返っている八百屋の姿が叢雲の目に飛び込んできた。
「アンタに売るようなモンは無いよ。さっさと向こう行ってくれ」
ふらふらと近寄っていった叢雲にオヤジは言い放った。
「あの〜…女の子見ませんでした?」
叢雲は彩音の特徴をかいつまんで説明したが
「…はぁ?」
とオヤジは見下したような返事をするだけだった。その後もしばらく叢雲はオヤジに話を聞きだそうとしていたが最後は業を煮やしてオヤジに思い切り蹴りを入れた。
「はは、昼間っから元気な嬢ちゃんやねぇ」
オヤジを蹴り倒した叢雲の背後から突然声がかかる。
「あ、え〜と…あの…こ、このオヤジさんが私のこと襲おうとしたから…って彩音ちゃん!?」
と言って振り向いた叢雲の目の前にいたのは
「あれ? 何でこんなとこにいるの?」
と相変わらず何を考えているのか掴みにくい彩音と
「ほ、嬢ちゃんら知り合いかいの?」
と言うクレアの服装をした見慣れない男性だった。
「ふんふん、んで嬢ちゃんたちはわざわざクレアから来たんかいな。こんな時やで、大変やったやろ?」
「そ〜なんですよ。それでこっちついたら彩音ちゃんとはぐれちゃって」
叢雲がオヤジを張り倒した八百屋から程近い露店で肉を串にさして焼いたものを買ってもらい、叢雲と彩音は男性と喋っていた。
「こん嬢ちゃん彩音っち言うんけ、可愛え名前やの」
といいながら彩音の頭を撫でる男性。
「んで、私が叢雲って言うんだけど…おにーさんは?」
「ん? 俺かいな。俺は空っちゅーんやけど、クレアじゃなくてこっちの人間やねん」
まあ、いろいろあってのと空は続ける。
「ほんで、嬢ちゃんらこれからどないすんの?」
「う〜ん…とりあえず聖都まで帰ろうかな〜って思ってるんですけど…」
「ふーん・・・ま、気ぃつけて帰りや」
「うん、ありがと〜ございます」
叢雲は空と分かれるとまだ肉を食べている彩音を引きずるようにしてその場を後にした。
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