叢雲、帝都に再び現る・後編
御剣 叢雲
叢雲はグラスに注がれた液体を飲み干した。
「ふあ〜」
「ちょっと嬢ちゃん…大丈夫かいの…これ以上は飲まんほうがええんやないけ」
軽い酒なら…ということでジュースで割ってみたのだが…
「そ〜んなことないですよ〜ぉ それに空さんにも悪いし〜」
「いや、オレはどうでもええから、もう嬢ちゃんこれ以上飲まんとき」
飲み始めてから数分後、綾音はすぐにこてんと寝てしまい、叢雲は完全に酔っ払っていた。
「あ〜…暑いですね〜」
「ん? そうけ? 今日は涼しい方やと思うがのう」
「暑いですよぉ〜」
と言って何のためらいもなく服を脱ぎ始める叢雲。
「お、おい嬢ちゃん、何しとんねん!?」
「だって〜暑いからぁ〜たいちょ〜かんり〜」
「そやからって服脱がんでもええやろ!? ほら、はよこれ着ぃや」
といって叢雲が脱いだばかりの服を着せようとする空だったが
「そんなの暑いからイヤです〜」
と言いながら叢雲は服を脱ぎながらふらふらと逃げ回るのだった。
「クレアの服を着た三人組…ですか?」
アームズとともに街中で露天の店主に聞き込みをしていた蛍はなんともいえない嫌な予感を感じた。
「あの、その中に一人背の低い女の子がいませんでしたか?」
それに対して店主が
「ああ、そういえば妙に活発な女の子がいたね…あと二人はおとなしそうな女の子と軍の将軍さんだよ…確か空将軍だったかな?あのいつも歩いてる人」
「お嬢ちゃん、どう思う?」
「…お嬢ちゃんじゃないって言ってるのに…。でもその二人に間違いないと思います」
(でも何でよりによって帝国の将軍と仲良くしてるんだあの人たちは…)
なんだか蛍は額に脂汗が浮かんでくるのが自分でもわかる気がした。
「とりあえず空さんに会いに行ってみようか」
「そ、そうですね…もしかしたらまだそこにいるかもしれませんし」
「こらっ! 嬢ちゃん逃げるなっち言うとろうが」
毛布を持ちながら叢雲が部屋の外に飛び出さないように細心の注意を払いつつ空が叢雲を追いかける。もともとすばやい叢雲をここまで不利な条件で捕まえようとするのは困難の極みだった。
「こ〜なったらしゃあない、嬢ちゃん覚悟せいや!」
そう言い放った空が叢雲の背中めがけて思い切り飛びつく。見事に叢雲にのしかかる格好となって逃げ回る叢雲を取り押さえることはできたのだが、すでに叢雲は襦袢一枚、しかも帯も取れかけていると言う状況だった。
と、空が一安心したそこへ
「失礼します、空将軍、人探しに協力していただきたく…ってうわっ!?」
蛍を連れて空の部屋へと入ってきたアームズは急いで蛍のほうに向き直って一生懸命に蛍の視界をふさごうと試みた。しかし
「すいません、クレアの女の子二人見ませんでしたか…っ!?」
蛍はすでにアームズの努力むなしくその体の横から部屋の中を覗いていた。
「んー、とりあえず言うとくけどオレは何もしてへんから。そっちがどない思うたかは知らんけどな」
別段気にも止めていない素振りの空の後ろでは叢雲が毛布に巻かれた状態で転がっている。騒ぐだけ騒いで寝てしまったようだ。
「じゃあ…もう一人はどう説明するんですか?」
「単に酔い潰れただけや、しゃあない、嬢ちゃんら起きるまで茶ぁでも飲むけ?」
部屋の中を沈黙が流れて去っていく。
先ほどから空は酒を飲み、蛍とアームズは茶を飲んでいる。その間誰も言葉を発してはいない。
「う…ん〜…」
叢雲が毛布に巻かれたままの格好で目を覚ましたらしい。
「狭い〜! 暗い〜!! 何コレ〜!?」
騒ぎ出した叢雲の声は毛布のお陰で小さくなっているとは言っても十分大きすぎた。
「お、起きよったか…今出したるけえの」
と言って空が叢雲を巻いていた毛布を取ってやる。中から出てきた叢雲はもちろん襦袢一枚だけの状態だった。
「…本当に何もしてなかったんですか?」
「何かしとったら嬢ちゃんがこげな格好のわけないやろ?」
と言いながら空が毛布を片付ける。
「あれ…? って何で私こんな格好してんですか!?」
そして叢雲は慌てて自分の体を片付けたばかりの毛布で隠した。
「…酔わせて押し倒そうとしたんですか?」
「んにゃ、ちゃうよ。して欲しいんやったらしたるけど?」
「遠慮しときます」
「…で、嬢ちゃんらは三人でここまで来たんかいな」
「あの…私もう15歳なんですけど…」
「15なんてまだまだ嬢ちゃんよ。そいとも何? 背伸びしたい年頃ってやつけ?」
「あの、そういう問題じゃなくてですね…」
蛍が空と毎度の言い合いを始める。
「それで、お嬢ちゃん達はこれからどうするんだい?」
「う〜ん…とりあえずクレアまで帰ります。遅くなるとまずいんで」
「そうかい、じゃあ途中まで送ってあげるよ…あれが終わったら」
と言いながら視線を叢雲から蛍と空に移すアームズ。
「買い物…」
『行くな!!』
いつの間にか起きてまたも買い物に出かけようとする綾音を全員が制止した。
「…………またコレか…」
叢雲たちを城門まで送っていった時、アームズは軽い頭痛を感じた。空は叢雲たちのために馬を取りに行ってそこにはいない。
既視感を覚える深い穴、頭上注意の看板とベア・トラップ、兵士をまとめて吊るしている網、回転城壁には被害者が逃げ出せないようにベア・トラップが追加されていたりもするが基本は前と同じ、金ダライを喰らって倒れる兵士に腹を押さえて這っている兵士。その近くには「ご自由にお取りください」と書かれた紙と握り飯がちょこんと置いてある。
「……頼むからもっとまともな成長をしてくれ」
アームズは実は隣にいる見えない相手へと向かって呟いた。
「何や、ここら辺大変なことになっとる見たいやけど…馬貸したるから早めに帰りや」
目の前の光景に一瞬思考を止められながら空は三頭の馬を連れて叢雲たちの前へやってきた。
「う、馬…」
「ん? どないしたん?」
「…馬嫌い」
馬を見ておびえている叢雲を指差して綾音が一言呟く。その拍子に買い物袋が盛大に地面に落下した。
「ようやっと行きよったわ…えらい疲れたの」
「こんな戦争が終わってクレアの娘がここまで気楽に来れるようになったらいいんですけどね…」
「そうやのう…」
依然あわただしく、そして騒がしく去っていく三人の後姿を見て二人はぽつりと呟いた。
「誰か助けてくださぁぁい…」
後には哀れな兵士達が取り残されていた。
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