開戦前夜
御神楽 薙
開戦前日・帝都付近錬兵場
「いよいよ、明日ですね・・・。」
「はい、今までの小競り合いとは比較にならないほど大きな戦になるでしょうね・・
・・・・。」
オレのつぶやきにジョシュアさんが答えてくれる。
「クレア、共和国の二国との全面戦争、か・・・。」
確かに大きな戦になるだろう。帝国の国力はクレア、共和国に比べると確かに高い。
しかし、二国を同時に相手にできるかどうかは微妙だ。
「・・・・・・。あの、薙さん。本当にいいんですよ?もともと、あなたはこの国の
人間ではないのですから・・・・・・。」
もう何度目かになるジョシュアさんの提案・・・・・・。
「いえ、オレは自分の意思で闘うんです。気にしないで下さい。」
そして、オレの決まりきっている、既に考え直す気もない答え・・・・・・。
「そうですか・・・。ありがとうございます。」
この戦いでジョシュアさんが副将を務める風神騎士団は、共和国方面への先遣部隊に
任命された。そして、オレもそれに同行することにした。
「この前派遣されてきた友軍部隊、アテになるんでしょうか?」
おもわずこんなセリフが口からこぼれてしまう。
風神の兵力だけでは先遣部隊の数に不安があるということで、一週間ほど前に送られ
てきた増援・・・。
「そう、ですね・・・。」
どうやらここ一年の間に新設された部隊らしい。錬度は新設部隊にしては、まずまず
といったところに思えるのだが・・・。
「あの、貴族のバカ息子が指揮官じゃああまりアテには出来ないと思いますよ。」
そうなのだ、兵士より指揮官に問題がある。根拠のない自信。戦の前の緊張感の無さ
・・・。明らかに実戦経験は無い。
しかも、作戦会議でも参考書どうりのことしか言えないお坊ちゃんらしい。はっきり
言って不安である。
「・・・・・・。」
この反応では、はっきりとはいわないでも、ジョシュアさんもかなり不安があるよう
だ。
「よ、な〜に暗い顔してんのよ?」
「!? ヴィ、ヴィシャスさん?」
「・・・・・・。大将、気配消して近づくのやめてくださいって何度も言ってるんで
すけど・・・。」
「気にすんなよ、薙ちゃん。」
「気にしますって・・・。それに、『ちゃん』はやめてくださいって言ってるじゃな
いですか。」
風神の指揮官のヴィシャス将軍・・・。ジョシュアさんの直属の上司に当たる人・・
・。
・・・・・・とにかく謎の多い人なんだよなぁ。
まだ若いのに将軍位まで取得しているし。
「ん〜、そんなことより、はい朗報♪」
・・・・・・書類?
「なんですか、これ?」
おもわず聞いてしまう。
「何って、辞令。」
「私に、ですか?」
ジョシュアさんに辞令か・・・。なんだろう。
「ええと・・・・・・。」
「ジョシュアちゃんをこの前来た部隊の指揮官に任ずるってやつ。」
!!?
「ど、どういうことですか?」
あ、ジョシュアさん、慌ててる。そりゃ、オレもびっくりしてるし、当事者はもっと
びっくりするだろうなぁ・・・。
「無能な指揮官が指揮する部隊に背中なんか預けられないってこと」
「でも、どうやってこんな・・・。」
「ま、色々とね〜」
・・・・・・本当に謎が多いな、この人。
「と、いうことでジョシュアちゃん、がんばってね〜。このためにわざわざ向こうの
部隊まで訓練教官として出張してもらってたんだから。」
本当に抜け目がない・・・・・・。
「で、でもこんな無茶な命令は、あちらの指揮官も納得しないでしょうし・・・。」
ジョシュアさん、本当に真面目だなぁ・・・・・・。オレなら二つ返事でOKするのに。
「辞令自体は正式なもの。大丈夫だよ。」
「は、はい。了解しました。」
・・・・・・よし。ジョシュアさんが指揮を執るのならあの新設部隊も使い物になる
だろう。
・・・・・・・・・でも、ジョシュアさんが抜けるとなると・・・・・・。
「あれ? じゃあ大将の部隊の副官はどうするんですか?」
「あー、まあ今回は大丈夫だろう。」
まあ確かに、大将は部隊指揮でも優秀な能力を持っているし、平気だろうけど・・・
・・・。
「さて、じゃあ飲もう。」
「「はぁ?」」
いきなりな大将のセリフにおもわずジョシュアさんとオレの声がハモった。
「就任祝い♪」
「明日から戦場なんですよ?」
うん、確かに。今日くらい控えるべきだとは思う。
「せめて一杯だけでも。」
「・・・・・・。まあ、それくらいなら。」
「よし、決まり。じゃあ・・・」
(どんっ)
手のひらサイズの酒樽が3個・・・。用意いいなぁ・・・。
「はい、ジョシュアちゃんにはこれ。20年ものだよ。薙ちゃんにはいつもの老酒。
じゃ、乾杯!」
・・・・・・強引だなぁ。別に悪くないけど。
「あ、薙さん。そういえば老酒ってどんなものなんですか?」
ジョシュアさんが聞いてくる。
「ん? 飲みます?」
そういって老酒を差し出す。
「あ、ありがとうございます。じゃあ交換しましょうか?」
「はい。じゃあ交換しましょう。」
20年もののワインも飲んでみたいし。
「あ”・・・・・・。」
ん?なんか大将が変な声を? ・・・・・・まあ、いいか。
「んっ・・・・。」
あ、これは美味い。銘柄も聞いておこうか・・・・・。
って・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ、なんか・・・世界が・・・廻っ・・
・て・・・・・・・。
パタッ・・・・・・・・・・・。
(以後視点を変更いたします)
「? 薙さん、どうしました?」
「Zzzzzzz・・・・・・・・・・。」
「ど、どうしたんだろうね〜?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。今後ヴィシャスさんのお酒は飲ま
ないことにします。」
「な、なんでさ〜。」
「薙さんのこの状況をみればあたりまえです!! 睡眠薬ですね!?」
「ちっ・・・・・・・・・・・・・・・・・。しゃあない、部隊の女の子でもナンパ
しに行くか・・・・。」
《ヴィシャス退場》
「まったく・・・・・・明日の行軍に支障が出たらどうするんですか。・・・・・・
・・薙さん、大丈夫ですか?」
「・・・・・・う、う〜ん・・・」
(もぞもぞ)
《薙、寝惚けたままジョシュアの膝に頭を乗せて動きが止まる。》
「え・・・。あ、あの、薙さん・・・・・・?」
「す〜・・・・・・す〜・・・・・・」
「・・・・・・ど、どうしましょう?」
その後、途方にくれるジョシュアだけが残された。
開戦前日、風神騎士団の何気な(くもな)い一日だった。
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