レヴァイア（前編）

執筆者代表：ソフィア

＜戦場＞
「・・・テンプル・ナイツ・・・」
　戦場を一望に望む王城に立つイリスは、天を仰ぎたい思いで嘆息した。
　その視線の先には、ラグライナ皇帝家の紋章が鮮やかに描かれた真紅の軍旗。
　皇帝直属の騎士団テンプル・ナイツ・・・。それは、アオヌマシズマ、バーネット・クルサード、ソフィア・マドリガーレの３人が、共に同じ戦場に立つ時冠せられる言葉。
　帝国軍正軍師エルを司令官に頂き、王都に侵入したのは、渚率いる白鎧騎士団と、そのテンプル・ナイツであった。その数５部隊１万。
「・・・・・・・・・・」
　大陸でも屈指の名将と称される私兵部隊の司令官ファミリアは、因縁浅からぬバーネットの前に壊滅。シズマの部隊に挑んだ叢雲の部隊も鎧袖一触、あっという間に部隊の過半数を失い「最後の意地を通す」との伝令を最後に、戻らぬ戦場へと疾駆した。
　そして。
「フレアさん・・・」
　最後の精鋭１千を率いたフレアの部隊は、王城を出撃した瞬間、イリスの目の前でシズマとソフィアの２部隊によって壊滅しようとしていた。
もしも、せめて同数の兵力があれば・・・。ファミリア、フレア、叢雲・・・。彼等の力であれば、いかに帝国軍が相手と言えども互角以上に渡り合えた筈であった。
　もしも・・・。
　しかし、イリスは首を振ってその考えを排除した。
　圧倒的な兵力差は、最初から分っていた事だったのだ。
「・・・それでも、貴女はまだ・・・」
　帝都侵攻時、ソフィアに敗れた叢雲がレナスティーナに伝えた、悪魔からの伝言。
　それを聞いてもなお、レナスティーナは「勝ちたい」と呟き、兵を集め、戦い続けようとしたのだ。
　誰でも、戦いには、勝ちたいのだ。
　フレアを壊滅させたＰｕｓｓｙ　Ｆｏｏｔと、Ｃｒｉｍｓｏｎ　Ｋｎｉｇｈｔｓが馬首を巡らせ、最後まで戦場に残るレナスティーナに向かう。
「・・・・・・・・・・」
　見える筈のない仮面の視線が、イリスに問いかけているような錯覚を覚える。
「・・・まだ、レヴァイアの民を犠牲にされるのですか・・・？」
　そんな声が聞こえたように感じ、握り締めた手紙が震えた。
　敗れたフレアが、彼女に伝えた帝国からの伝言・・・。
「イリス将軍、出撃準備整いました。いつでも出られます！」
　忠実な副官が、イリスの沈黙を破った。
「・・・出撃は・・・しません・・・」
「なっ！？」
「部隊は出撃させません。勝敗は既に見えました・・・これ以上、あなた方を死なすわけにはいきません・・・」
　イリスは、心の中でレナスティーナに詫びていた。いっその事、己も軍を率いて戦場に乱入できれば、どれほど楽だったかもしれない。しかし、彼女にはそれが出来ず、そしてあの悪魔もそれを見越して彼女に親書を送ったのであろう。
「プラチナの・・・悪魔・・・っ」
　憎悪にも似た感情がイリスの心にわきあがるが、彼女の冷静な心はもう一つの「可能性」にも気付いていた。・・・プラチナの悪魔は、レヴァイアを焦土にする事を望んではいない。いや、レヴァイアの民、と言い換えるべきであろう。それが純粋に帝国軍の消耗を抑える戦略的見地に依るものなのか、彼女の「甘さ」に依るものなのかは分らなかったが・・・。
（レナスティーナさま・・・申し訳ございません）
　しかし、この事態を招いたレナスティーナに対して、帝国が容赦するわけがない、という事もイリスにはわかっていた。それでも尚・・・。
　この時。
　事実上、レヴァイアの反乱と後世呼ばれる戦いは終結したのであった。

＜終戦＞
「・・・・・・・・・・」
　薄い色彩を湛えた瞳は、遠くモンレッドの戦場を見ていたのかもしれない。
「王城内のレヴァイア軍に動きはありません。おそらく覚悟を決められたかと」
「そう・・・。レヴァイアにもまだ賢者はいらっしゃったんですね。さぞかし私を憎悪していることでしょうね・・・」
　アリス将軍の言葉にも、彼女は何ら感想を抱いた様子もなく振り向いた。その揺れる眼差しに、アリスは思わず言葉を失う。
「貴女は、こんな私を軽蔑されるんでしょうね・・・」
「・・・・・・・・いえ・・・・・・・」
「正直なのですね」
　暫し考えこんだ後、辛うじて言葉を返したアリスにソフィアは微笑んだ。
「貴女は生粋の武人・・・。皇帝陛下の忠実なるしもべ。このように相手の弱みにつけこみ、恫喝し、相手を屈服させようとする手段を嫌悪されるのも無理はありません」
「・・・レヴァイアの将に率いられた部隊がどれ程の脅威か・・・。彼等を壊滅させようとすれば帝国軍も貴重な兵力を失うことを覚悟しなければなりません。ソフィアさまの御判断は間違いではなかったと思います」
　レナスティーナ軍を包囲、殲滅させる為進軍する帝国軍第１２軍の丁度中央を静かに進む馬車の中で、二人の女性は同時に嘆息した。
「ユーディスさまと、キロールさまはモンレッドで激戦を繰り広げられて・・・。己を死地に晒し、己の信じるものを背負って戦われ、傷つき、傷つけ・・・。お二人はきっと私をお笑いになっていらっしゃいます」
「・・・何故、貴女は＜そう＞なんですか・・・」
　それは、奇しくもソフィアがレナスティーナに問いかけた言葉でもあった。
　彼女が心を許した数少ない二人が、最前線で激闘を繰り広げたのも、決して偶然ではなかったのかもしれない。かの地を血に染め、己を真紅に濡らし・・・そんな二人であったからこそ、彼女は・・・。何故、帝国第１２軍は「Ｃｒｉｍｓｏｎ」の名を冠していたのだろうか・・・。
「・・・おかわいそうに・・・。今回の措置は、帝国軍としての戦略的見地からも、人道的な見地からも正しいというのに・・・。貴女の二つのお顔は、双方の顔を嫌悪し、憎悪され、互いに傷ついていくんですね・・・」
　帝国軍広し、といえども、プラチナの悪魔を称して「かわいそう」と言ってのけたのはアリス将軍唯一人であったに違いない。いや、だからこそ・・・。
「エルさまを中心に、テンプル・ナイツ全部隊の突撃準備、完了いたしました」
「レナスティーナ姫は？」
「依然、エルさまに槍を向け、徹底抗戦の構えでございます」
「・・・・・・・そう・・・・・・・・・・」
　遠慮がちに、馬車の外からアリスの副官が声をかけた。外からの視線が全く届かない馬車の中で、どんな会話がされているのかを、彼は理解していたのだろうか・・・。
「では、失礼いたします」
　伝令の言葉に、深々と溜息をついた常勝の女神は、丁寧に一礼すると馬車を辞した。

＜モンレッド＞
「キロール将軍。レヴァィアが降伏いたしました」
「そうか。早いな・・・」
　モンレッド。
　首都を背後に防衛線を固めるキロールは、さして驚いた様子もなく呟いた。圧倒的な戦力差と、エルを筆頭に投入された部隊を考えれば、当然の結果だった。
「しかし、早いな・・・。あと数日はかかるかと思ったが・・・」
「ソフィア・マドリガーレ殿が、レヴァイアの民を人質に取る形で恭順を迫ったという報告が来ております。結果、レヴァイアの各将は動かず。唯一人、その恫喝に屈しなかったレナスティーナ姫手兵２千を率い最後の突撃を試みるも、圧倒的な戦力差を誇る帝国軍の前に包囲殲滅、帝都に護送されたとの事です」
「そうか・・・。哀れな・・・最後まであの姫は、自国の民を道連れにしたのだな。あの２千を、ファミリアなりフレアなりが率いていれば、また違う展開もありえたのだろうが・・・」
「レヴァイアの民を人質に将を恫喝し、動きを封じる、ですか・・・。プラチナの悪魔らしいと言えばらしいですね。レナスティーナ姫は、最後まで己の誇りを保ったわけですね」
　どこか嫌悪の情を隠し切れずに、若い兵が呟くのを耳にとめたキロールが、じろりとその顔をにらんだ。
「貴様は、レヴァイアの将が率いる部隊を相手に無傷で勝てるとでも言うのか？」
「あ、いえ・・・」
　その静かな声の裏に潜む激しい響きに、若い兵士は思わず硬直する。
「戦いに、正しい、間違いはない。一騎打ちを競う個人の武勇とは違うのだ。将として、いかに己の兵を傷つけず、相手を屈服させるかが肝要・・だ。戦わずして勝てれば、それに越したコトはない。覚えておけ」
「は、はい！」
「最も・・・私はそれを行うつもりは無いがな・・・」
　それを聞いて、今度は困ったように黙る若い兵士に助け舟を出すべく、一人の兵士がキロールに問うた。
「そりゃ、なんでだい、大将？」
　指揮官に対して砕けた口調を使うが、誰も咎める者は居ない。
「リック・・・戦場で最も恐ろしい者は何だ？」
「はっ？　・・・・いや、何だろう・・・色々在るけどよ・・・」
「愚者だ」
　キロールは端的に告げる。
「はっ？　・・・なら、あのレヴァイアの姫さんも怖いって事かい？」
「将としてはな・・・だが、それ以前に政治家としては三流も良い所だ・・・。兵力差がありすぎる相手に戦いを挑む愚。これは度し難い・・・」
「じゃあ、大将なら五倍の敵と出合ったら軍を退いてたのかい？」
「軍人には成すべき事がある・・・それに・・・名将５人の相手よりも凡将１人の方が手強い場合も多々ある」
「じゃあ、愚者って言うのは・・・？」
「何も持たざる者・・・」
　ふと、二人の問答はそこで途切れ沈黙が落ちる。
「それにしても、あの方は本来司政官なんですよね？　随分転戦されていますね・・・。モンレッド、ルーン、リュッカ、帝都、そしてレヴァイア、ですか・・・。身体が弱い、という噂、あれってデマなんでしょうかね？」
「デマではないだろうさ。実際に指揮を執っているのはアリス将軍とのコトだしな。・・・それに、その言葉は自分への皮肉か？」
　取り成すように言葉を挟んだ若い兵士を、キロールは軽く睨んだ。キロールの率いる部隊が、ここモンレッドに防衛線を敷いてから、まだ今のところ目立った戦闘は起こっていない。かつて帝国の俊英、ユーディスと繰り広げた激闘が、遠い過去の出来事のようにすら思えてくる。
「あ、いえ、そんなコトは・・・」
　生粋の武人である自分が、遠く敵軍を眺めにらみ合いをしている最中、彼女はまたその白い手を朱に染めているのだ。
「まぁ、同感ではあるが」
　キロールは苦笑を浮かべると、己の私室に戻った。
　プラチナの、悪魔・・・。
「相変わらず、なことだ」
　その言葉は、彼女を賞賛していたのだろうか。それとも、哀れんでいたのだろうか。
　戦わずして、勝つ。
　それは、いい。
　問題は、彼女が何を望んで、それを成したか？、であった。
「・・・・・・・・・・」
　目を閉じると、あの白い顔、柔らかな物腰と、優美な雰囲気が瞼に鮮やかに蘇る。
　結果だけを見れば、彼女はレヴァイアの民を人質にし、レヴァイアの将の姫への裏切りを働きかけた・・・。いや、彼女はその噂を増長させているように思えるフシすらある。
「何故、そう、なのだ・・・。何故、そう振舞う・・・？」
　キロールは、幻影に思わず呟いていた。
　本当は、心からレヴァイアの民を案じたのであろう。
　本当に、レヴァイアの将を惜しんだのであろう。
　本当に、帝国の将兵がこれ以上傷つくのを避けたかったのであろう。
　その為だけに、レナスティーナ姫一人に責任を取らせる形での終戦という段取りを整えたのであろう。本当であれば、あの姫ですら犠牲にしたくはなかったに違いない。
「・・・・・・・・・・・・・・モンレッドで座している自分を、プラチナの悪魔はきっと指を指して笑っているのだろうな・・・・・・・」
　自嘲気味に呟くキロールの脳裏に浮かぶ白い顔は、ただあの時のまま、淡い微笑みを浮かべ、共和国の勇将に何一つ応えようとはしなかった。
「・・・・・」
　その幻影を頭を振って打ち消すと同時に、キロールはベッドに身を投げ出す。
　途端に頭に浮かんでくる幾つもの懸念。
　娘の病。
　友の「全ての戒めを断ち切れ、キロール・シャルンホスト」の言葉の真意。
「再び相見えた時・・・私は私で居るのだろうか・・・・それとも・・・愚者に変わっているのか」
　変わらぬソフィア・マドリガーレの姿を再び思い浮かべ、キロールは一つ呟いた。