レヴァイア(後編)
執筆者代表:ソフィア
<円卓>
「・・・・・・・・・・」
敗戦後の王城、王の間。
巨大な円卓には、7名の人物が座っていた。
敢えていえば、主なき王座を背にした側には、帝国軍のバーネット、シズマ、そしてソフィアが座り、反対側にはファミリア、イリス、フレア、叢雲が座っている。最後の突撃の後、暴徒と化した自国兵に陵辱されていたトコロをアリスに助けられた叢雲であったが、レヴァイアの今後を決定づける会議、ということで、傷ついた身体をひきずって円卓に座していた。
「てっきり、縄で縛られて立たされるかと思ってたけど・・・」
叢雲の言葉に、バーネットが面白くもなさそうな顔で笑った。思い切り円卓に頬杖をついたその視線は、唯一人を除いて視野には入っていない。
「何なら、今からそうしようか? 別に構わんぞ」
バーネットの仏頂面の原因が、このような会議に出席されている事によるものなのか、自分の正面にファミリアが座す配置にあるのかどうかは、誰にも分らなかったが・・・。様々な因縁を経た二人は、円卓を挟んで向かいあっていた。今後、その距離が縮まるのか、それともまた離れていくのかは、神のみぞ知る、であったが・・・。
「レヴァィアの兵士となりえる民は、殆ど死に絶えてしまいましたね・・・。これが、あの方の望んだ結末だったのでしょうか・・・。それとも、その事に最後までお気づきにはなられなかったのでしょうか・・・」
ソフィアが痛々しいほどの溜息をつくのを、叢雲とフレアは何処か納得した思いで見つめていた。彼女は、二人に時と場所は違えど、同じ事を囁いたのであった。結局、姫はその言葉を顧みようとはしなかったが・・・。
「・・・・・・・」
そしてファミリアは、無感動な眼差しで冷たい仮面を視界の片隅で眺めている・・・。彼女の眼差しの中心には、バーネット・・・。当のレナスティーナ姫は、敗戦後エルの兵に伴われて帝都に護送されていた。
「・・・・・・・・・・あの方は、その身の内に滾る熱い思いを、そおいう形でしか表現できなかったんだ。それを他人がとやかく言う筋合いはないな」
フレアの言葉に、シズマの唇が妖しい笑みを刻んだ。
そして、それが今日のレヴァイアを招いたのだ・・・。
シズマの笑みがそう語っているように思えたフレアは、唇を噛んでその美しい顔をにらみつけるが、その唇からは言葉は漏れない。
あのときの伝言が、レナスティーナへの最後通告だったのだ。併合したとは言えレヴァイアも帝国の民。もしもレナスティーナが伝言の真意に気付き、プライドを捨てて恭順していれば、目の前の女性は覇王の怒りを買ってでも、今回の侵攻を押し留めたに違いない。
「・・・・・・・・・・」
しかし、レナスティーナは戦い続ける事を選び、結局自国を滅ぼしたのである。
「結果的に、レヴァイア王国は敗北しました」
ソフィアの傍らに立つナハトは、ピクリとも動かず、忠実な番犬の如くその場を守護している。彼にとっては、レヴァイアの興亡など、どうでも良いことに違いなかった。それは、恐らくシズマにとってもそうであったのだろう。気だるい雰囲気を隠そうともせずにレヴァイアの面々を眺める表情は、それを如実に語っている。
「一部の方には既にお伝えしていましたけれど・・・。一つ、提案があります」
一口、熱いブラックコーヒーを口に含んだソフィアは、ゆっくりと唇を開いた。その言葉にバーネットは、思わずファミリアの顔を見た。同じ故郷に生まれ、戦いの歴史の中で引き裂かれた二人・・・ファミリアは、悪魔の言葉を何と聞くであろうか・・・。イリス、フレア、叢雲は、直接的にしろ間接的にしろソフィアと言葉をかわしていたが、ファミリアは、この悪魔と顔を合わせるのは初めてであった。
・・・・・・この誇り高い武将が、悪魔の言葉に何と応えるのか・・・・・・。
「帝国は御存知の通り共和国、クレアと激戦を繰り広げています。そして、レヴァイアもまた再び帝国の統治下に入ります。国王陛下を傀儡として」
言葉を飾らぬソフィアに、イリスは妙な親近感を覚えながら、次の言葉を待った。どの道レヴァイアは破れたのだ。敗軍の将をどう扱おうが、それは勝利者の権利なのだ・・・。
「・・・・・・駆け引きなしで、率直にお話しましょう。・・・貴女方が帝国軍の尖兵として最前線に立ち、帝国の為に死ぬのであれば、レヴァイアの民の安寧は保障致しましょう。奴隷としてではなく、帝国の一臣民として遇する事を約束します」
「・・・・・・・・・・・そんな事を言って、ソフィアさんが皇帝の逆鱗には触れないんですか?」
妙な違和感が叢雲の胸中に湧き上がったが、それが何なのかは彼女自身にも分からない。
「レヴァイアの名将を旗下に迎えられるのであれば、レヴァイアの民の安全保障ぐらいは安い買い物です。帝国にとっても悪い話ではないでしょう?」
「・・・・・・・本気で、そう言っているんですか?」
「・・・本気、といいますと?」
叢雲の質問は「プラチナの悪魔」と呼ばれる女性にとってみても、かなり意外なモノであったに違いない。その全身を包む、他人を寄せ付けない「冷気」が、ふっと緩んだように思えたのは、叢雲の気のせいであっただろうか。
「貴女は、最初から私たちレヴァイアの将軍を殺そうとは思ってはいなかったんじゃないですか?」
言葉を継いでいるうちに、先程の違和感が叢雲の胸中で段々と確信に変わってくる。クレアに生まれ、レヴァイアに転じた彼女の目に映るソフィアは、今まで伝え聞いていた「それ」とは全く違う存在に見えた。
「ううん。貴女は、私たちを殺せない。だって、それが出来るくらいなら、あの時私を殺せた筈なのに・・・」
「それは、少々私のコトを甘く見られているのではないですか? 第一、あの時貴女には姫への伝言をお願いしたかっただけです」
静かにソフィアは口を挟んだが、それは「悪魔」の言葉ではなかった。
かすかにシズマとバーネットが顔を見合わせるのを、ファミリアは無言で見つめていた。そもそも、帝国軍の圧倒的な戦力があれば、多少時間はかかっても自分たちを殲滅することも可能だった筈なのだ。それを、何故目の前の女性は「民を人質に取る」というワケの分らない言い訳をこねて、こんな形を望んだのか・・・。
「何であんな伝言を? 貴女があの時言っていた言葉の真意とか、もしも、姫さんがその真意に気付いていれば、多分レヴァイアもこんな事にはならなかっただろうとか、私は今になってようやく解りました。でも、何で、貴女はあんな事を?」
「・・・・・・・・・・」
口をつぐんだソフィアを、レヴァイアの諸将は奇妙な目で見つめた。
「まず、人前で仮面をつけて、素顔を現さない人の言葉を本気で信じられると思うんですか? 私はレヴァイアの人間じゃないですけど、レヴァイアの人を人質にされるんだったら、間違いなく最前線にだって立つと思います。でも、その為には、仮面を被った貴女じゃなくて、ソフィア・マドリガーレさん本人の言葉で誓ってもらわないとそれはできません」
「・・・キミタチ。自分らの置かれた立場、解ってんの? 何なら、今、この場で遊んであげよっか?」
「シズマさま・・・」
叢雲の言葉に、真顔で剣呑なコトを言ってのけるシズマの美しい瞳が妖しく光るが、ソフィアが声をかけると、その眼差しが白銀の仮面に向けられる。
「いつもながら・・・君の悪い癖だね。そぉいう甘い態度取るから、相手もつけあがるんだよ。正直に言っちゃいな。どっちでも構わなかった、でしょ? レヴァイアの民を皆殺しにして、大地に塩を撒き、この地を永遠に不毛の地に変えたトコロで、仮面の下のそのきれぇーーなお顔は、何の痛痒も感じない・・・そうだろ?」
「そんな横暴な!!」
シズマの言葉に、思わずイリスが立ち上がる。この目の前に座る可憐な姿をした帝国の猛将であれば、それをやりかねない・・・そして、それが出来るというコト、その触れたら自分の手が切れそうな「危なさ」をイリスは敏感に感じ取っていた。
ドガッッッ!!
凄まじい音がしたかと思うと、一瞬巨大な円卓が震えた。
つまらなさそうに遣り取りを聞いていたバーネットが、思い切り円卓を蹴り上げたのだ。諸将の目の前の飲み物が、大きく震える・・・。「死神」と呼ばれる女性の視線は一体何を眺めていたのだろうか・・・。
思わず、叢雲とイリスが息を呑む。
「違うかい? 君たちのお姫さんが、無謀にもかなうわけのない戦を勝手に起こして、帝国の裏道を通るようにして帝都に侵入・・・。あぁ、そこまでは誉めるさ」
気にした様子もなく、シズマがゆっくりと立ち上がる。その片方だけ露にされた瞳が、順にファミリア、フレア、イリス、叢雲を映していく。
「そこで、帝国の兵が何人死んだと思っているんだい?」
この異形の、人形のように美しい存在にとって、自国の、否、己の配下の兵士の生死ですら何ら関心を惹くものではないことを、列席の諸将は充分に知り尽くしていた。そして、その言葉に裏にあったのは、強烈な皮肉・・・。
「それは、戦いの常。レヴァイアの兵も何人死んだとお思いですか??」
「うちの兵も死んだ。そっちの兵も、民も死んだ。たくさんの人間が死んだ。彼らの死には“価値があったと思うか?” あたしには見出せない。云わば、無駄死にさ。誰かさんのおかげでね。正直言って、国王の方が何ぼも賢いのが良く解るね。あの人は確かに臆病かもしれない。だが、自分の保身のためであったとしても、あの人が取ろうとした選択は結果的に自国の国民を守ることに繋がっていたのさ。皮肉な話かもしれないがね。それをツマラン意地で、誰かさん――レナスティーナが感情だけで動いて死地に追いやったのが事実さね。違うか?」
イリスの反論を、バーネットは物憂げな様子で制すると、ファミリアに視線を移した。
「何故、あんな戦いを起こした??」
それは、レヴァイアの血が言わせた言葉であったのだろうか。
「敗軍の将が語る言葉はない。黙して勝者の沙汰を待つだけだ」
しかし、ファミリアは冷たいと言えるほど冷静にその言葉を無視した。だが、その炎のような眼差しは、じっとバーネットに向けられている。
「貴女の言葉は全て正しいです。そうですね・・・。そんな貴女だからこそ、私はあの時レナスティーナ姫への伝言をお願いしたんですから」
周囲の空気を察したソフィアは、軽く吐息をついた。・・・帝国は、レヴァイアに勝ったのである。好むと好まざると、勝者としての「義務」は果たさなければならないのだ。
パチリ、と。
その白い指先が躊躇いもなく仮面にかかるのを、叢雲は先程とは全く違う奇妙な思いで眺めていた。そして、ファミリア、イリス、フレアですら驚いたようにその眼差しを見開いていた。
「・・・・・ぁ・・・・・」
「さて・・・」
自分の顔をじっと見つめる諸将に、ソフィアは柔らかな声で問いかける。
「では、改めて伺いましょう。貴女方の命で、レヴァイアの民の安寧を贖うおつもりはございますか?」
さらさらとしたプラチナの髪が鮮やかに白い顔に流れ、光の当たる加減によって様々な色合いに変化するおぼろげな眼差しが真っすぐにレヴァイアの諸将を見詰めていた。身体が弱く、全く日の光を浴びていない、という噂を肯定するような、透き通るような白い肌と、淡い朱の唇・・・。全く肌を露出させない服の中、スカーフに描かれた「夜花菖蒲」の紋章だけが鮮烈に見る者の心を刺す・・・。
「帝国と戦ってる国の兵士の間だと、貴女が仮面をつけているのは、その素顔が二目と見られないものだから、って悪い噂が飛び交っているみたいだったんですけど・・・」
「人さまに、お見せするほどのモノではありませんし・・・」
はにかむように笑う白い顔が、妙に年相応に見えて、思わず叢雲の顔にも笑みが浮かぶ。
「レヴァイアの将軍として戦ってた以上、レヴァイアの人の為に戦うのは当たり前のことだし、その為なら帝国側でも戦いますよ」
「・・・・・・民の為とあらば・・・・・・・」
「オレに選択の余地は、ない」
イリスとフレアが、全てを悟ったように呟いた。
しかし、ただ一人、ファミリアだけは無言を貫いている。悪魔の素顔を見るその眼差しの奥にあるのは、一体何だったのだろう・・・? 憎悪? ・・・嫌悪? ・・・諦観? それとも憐憫・・・??
そんなファミリアを、バーネットはじっと見つめていた。もしも、彼女が「否」と応えれば、その時は・・・。
「期待しています。・・・でも」
だが、ソフィアはファミリアの沈黙を気に止めた様子もなく立ち上がった。もう、話は済んだとでも言うように・・・。
「でも?」
「私の素顔については、口外無用です。口に出したら最後、レヴァイアの民の安全保障はなくなり、口外した方もこちらのナハトに口を封じられてしまいます」
くすくすと笑いながら、とんでもないことを平然と言ってのけるソフィアの綺麗な顔を、叢雲は半ば唖然としながらも魅入っていた。
「・・・まったく・・・。はいはい。気をつけます。本っ当に<悪魔>と呼ばれるのも当然ですね。そんなに簡単に人の弱みを握って、容赦なくちらつかせるなんて・・・」
言葉はとんでもなかったが、その顔もくすくすと笑っている。
「えぇ、私は、そおいう人間ですよ」
パチリ、と再び仮面がつけられると、そこには居たのは「プラチナの悪魔」であった。
「あんまり無理していると、疲れますよ」
「気をつけます」
それでも、可笑しそうに笑い続ける叢雲とソフィアを、ナハトは憮然とした表情のまま見比べている。
「なるほど・・・。そおいうコトですか」
「オレは、さっきの顔の方がいいな。目の保養になる分、随分マシだ」
おそらく、同じことを考えたのであろう。
イリスとフレアも立ち上がった。
「では、私はこちらで失礼いたします。・・・つもるお話もあるでしょう。あとは、どうかごゆっくりと・・・。今ならば、ゆっくりとお話も出来るでしょう。もう少ししたら、また戦場です」
「あぁ、あぁ、分ったよ。人使いの荒い悪魔だ」
「では、後ほど王都の兵の件で御相談に伺います」
会議の終了を告げる言葉と共に、シズマとソフィア、イリスとフレア、そして叢雲は各々席を立ち、己の成すべきことの為、再び「戦場」に戻っていく。
あとには、バーネットとファミリア。その二人だけが残されていた。
<帝都>
「・・・・・・流石というか、何と言うか・・・・・」
レヴァイア陥落の報を受け、着々と共和国侵攻の準備を進めていたユーディスの下に続報が入ったのは、数日後のことであった。
愛するミーシャを穢され、復讐に燃える若き帝国軍のホープの下に届いた一通の手紙・・・。解かれた封には、真紅の花菖蒲の蝋印が見える。
「どうなされましたか?」
最近のユーディスの様子を懸念がちなアマナが寄ってくる。
「ほら」
ユーディスは、少女に読み終わったばかりの手紙を手渡した。サーレス家の息のかかった者とは言いながら、献身的に尽くしてくれる彼女に対して、徐々にではあるが心を許しはじめていた。
「・・・・・・・・・どうやって、一体・・・・・・」
「何で僕にこんな手紙を寄越したかと思う?」
「え??」
突然の問いに、アマナは怪訝そうな顔をする。そういえば、ロンド家を巡って、サーレス家とマドリガーレ家の間に何かあったようなコトを聞かされたような気はしていたが。
「要は、僕にあんまり無茶をするな、と言いたいんだよ。あのコは」
「あのコ、ですか?」
アマナにとって、その二人称はあの女性を称するには、多少不自然とは思えたが、懸命な彼女はその点には触れなかった。
「レヴァイアの将が、帝国の傘下として戦線に加われば状況は変わる。少しは頭を冷やして、ゆっくり考えろ、ということを言いたいのさ。やれやれ・・・人の心配より、まず自分の心配をしなくちゃいけないだろーに、あのコは・・・」
言葉とは裏腹に、その表情は晴れやかであった。
だが、その表情もすぐに陰りを見せ、ここにはいない誰かに語りかけるように呟く。
「あの時、俺は何であのコの気持ちを分かってあげられなかったんだろう。一番つらいのはあのコだったのに・・・。戦争が終わったら、ちゃんと謝りに会いに行こう。そして、もし許してもらえるなら今度こそ・・・」
不意に。
驚いたようにユーディスはマジマジとアマナの顔を見つめた。
「ご、ごめん! てっきりヴィネかミーシャがいるもんだと思って、つい余計なコトを・・・。ごめん、今の、聞かなかったコトにしてくれない?」
「は、はい・・・」
慌てたようにぶんぶんと手を振り回すユーディスを、アマナはきょとん、とした顔で見つめていた。実際、彼女には、ユーディスが何を言っているのかよく理解できなかったのだ。
「そろそろ、お支度をしませんと・・・」
何事もなかったかのようにアマナは囁き、ユーディスに微笑みかける。
「あ・・・う、うん」
ほっとしたかのようにユーディスは頷き、途中であった身支度を整え始める。大切そうに、その手紙がその胸ポケットに収められていた。
<前兆>
「・・・・・・・・・・・・・・」
王の間を出、次の間に移ったと思った時。
その姿が、くらりと揺れたかと思うと、その場に崩れ落ちた。
「・・・・・・・・ホント、やせ我慢がお好きだこと」
見かけによらず、力強い腕がその細い身体を支える。服越しでも、その身体がかなり熱いことがよく分かる。
「まぁ、僕としてもあんな会議は時間の無駄。言いたい事も言わずに黙っててあげたんだけど・・・ね」
「・・・・・・・・・・」
シズマが仮面を慣れた様子で外すと、熱の為に蒼白となった顔が露になった。・・・紅の唇がその額におしつけられる。・・・熱い・・・。
「なるほど。アリスが突撃を連発するわけだ。しかしまぁ・・・虚弱にも程があるよ。いっそ、その頭の中身も虚弱だったら、もっと楽に生きられたかもね? 陛下や周りの連中も、君をコキ使おうとは思わないだろうし・・・」
ナハトが、剣呑な眼差しで自分を睨んでいることは充分気がついていたが、頓着せずにソファにその軽い身体を寝かせると、その柔らかな袖を二の腕まで捲り上げる。
「・・・ナニコレ、ややこしい服着てんね。そんなに素肌見せたくないワケ? ねぇ、そこの君・・・。なんつったっけ。まぁいいや。ぼさっと突っ立てないで、リリエ呼んできな。クスリぐらい持ってんでしょ?」
「・・・お前は持ってないのか?」
「あいにくとね。会議の前にキめちゃった。退屈過ぎて耐えられそーもなかったんでさ・・・」
ナハトの問いにとんでもない事をのたまわったシズマは、面倒臭くなったのが、ソフィアの袖を手首から一気に裂いた。
「・・・・・・・・・・」
ぺりっと。
何か、人の肌のような薄い正方形の小さな膜をソフィアの肘の内側から剥がすと、その下に隠されていた雪のように白い肌は、見るも無残な無数の紫の点に覆われていた。
「・・・・・・ヤってるフリする為だけに、ここまでするワケ? つくづく救われないね。いっそのコト、堕ちた方がよかったんじゃないの?」
張り詰めていた緊張の糸が切れたのであろう。ソファに横になる彼女は、ぐったりと動かない。かすかに胸が上下し、生きていることは分ったが、そうでなければ死んでいると思われても仕方なかったに違いない。
「どれどれ・・・」
ぺりっ・・・。
「ん、流石は月の塔特製・・・。もう治ってんね。今度少しイタダイテこーか・・・」
もう一枚は二の腕・・・。そこは、かつてモンレッドで火傷を負ったトコロではなかっただろうか・・・。
「ソフィアさま・・・!」
「おっそーーーい。何ぐずぐずしてんだよ」
「申し訳ございません」
一言も弁解せず、リリエは薬箱を持って主人の横に膝まずいた。
「もう、打つトコ無いよ。親父によぉーく言っとくんだね・・・」
針を取り出そうとしたリリエを、シズマはつまらなさそうに制止する。
「どうでもいーけど、さっさと帝都に戻るよ。こんなショボイとこ、さっさとオサラバしたいんだよね。アリスに言って兵をまとめときな。・・・ほら、箱ごと寄越せよ。あんたも頭良いんだか悪いんだか分かんないコだな。注射がダメなら飲ませりゃいーだろーが」
薬箱の中身を漁っていたシズマが取り出した錠剤を見たリリエが息を呑む。
「シズマさま、それは・・・!」
「それは、じゃないでしょ。これに頼らなきゃなんないトコまで放っといたの、君だろ? サテ・・・どうしたもんかね?」
「意識もないのにどうやって飲ませるんですか??」
「・・・ナハトは?」
「やり方はあるが、ソフィアさまにそれをする訳にはいかん」
「・・・・・・・・ったくーー。揃いも揃って、肝心なトコで訳立たないなぁーー。ほら、水」
シズマにかかれば、リリエもナハトもカタなしだが、かといって言い返せるわけもない。
「水って・・・まさか、シズマさま!?」
「なに? 君が代わりにやるの? 出来るワケ?」
「・・・・・・」
リリエは天を仰ぎ、ナハトは憮然として腕組みをした。
「これを飲めば、まぁ、少しはマシになるだろうさ。さ・・・アリスを呼んできな。レヴァイアの連中に、こんなトコ見られたら、笑われるよ」
そして。
シズマによって薬はソフィアに服され、慌しく帝国軍は帝都に戻る準備を開始する。この地に残るのは、バーネットだけであった。
そして、帰還の時。
「・・・ま、とりあえず、礼は言っておく」
仏頂面のバーネットを見たソフィアは、淡い笑みを浮かべた。
「・・・そう、ですか・・・」
仮面の奥の眼差しは、バーネットとファミリアを見ても何も語らなかった。
その数日後。
レヴァイアの諸将が全て帝国軍に帰順することが発表されていた。
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