酒に賭けるもの・前編
空 翔三郎
帝都ラグライナ、その士官用の酒場で二人の男が話に興じていた。
いや、正しく言うなら話しているのは男の片方だけである。
もう片方の男はグラスを傾けたり肩をすくめたりするだけで、先程から
およそ言葉を発していない。しかし、互いに気にした様子も無く、話が
途切れることも無いのはそれが二人にとって当たり前だからなのだろう。
「ほーん、そっちは色々忙しかっちゃねぇ」
「・・・・・・(まあ、開戦が近いからな)」
「こっちゃよ、新しく士官学校出のヤツが副将として来たんやが
こーれがえらい張り切っとん嬢ちゃんでよ。
まー、色々やってくれて実に楽しませてもらってんわ。
ウチの不良どもとあんだけやり合っても嫌んならんと逃げていかんっちゅーのは
久しぶりやけえな、いつまで持つかっち賭けの対象にもなっとんばい」
「・・・・・・(そちらは相変わらずだな)」
話を聞いて男は軽く肩をすくめた。この男の名はベルンハルト・フォン・ルーデル、
ここ帝国の第三騎士団指揮官であり、隻腕ながら猛将として名を知られる若者だ。
もう片方の男の名は空翔三郎、名前だけでなく道着に袴とどこからどう見ても
クレアムーンの人間だが、れっきとしたラグライナ帝国の将軍である。
しかし、率いているのが不良軍人の巣窟と言われる愚連隊であり、本人もまた
サボりの常習犯であるため周りからの評判は決して良くない。
性格的にはおよそ似通わない二人だが何故か共に居ることが多く
そのことを不思議に思う者も多かったが、ある女性士官の
「お酒が間を取り持っているんですよ♪」
との言葉には誰もが納得した、というのは有名な話だ。
そしてその女性士官は今、二人のテーブルに近付いてきていた。
「閣下、空さん、まいどですっ!」
右手を上げながら明るく挨拶してきたのは、ルーデルの率いる
第三騎士団で副官を務めるアレクシス・フォン・カイテルだった。
と、空がいきなりアレクシスの頭をつかまえわしわしし始める。
「おー、可愛いことする嬢ちゃんやのう(笑)」
「あああああっ、乱れるっ乱れる!」
「・・・・・・(あまり人の部下をオモチャにするな)」
「別にええやん、こん嬢ちゃん可愛えんやもんよ(笑)」
苦笑混じりのルーデルにまるで答えになっていない答えを返す空、
ようやく解放されたアレクシスは乱れた髪を整えている。
「空さん、この怨み必ず晴らしますから(にっこり)」
「ん、まあ細かいこたぁー気にせんと(笑)と、酒切れそうやな・・・
オレぁもう帰るけど、嬢ちゃん今晩の夜のお相手どない?」
「・・・・・・(ごほっごほっ)」
「そうですね、酒場までなら付き合ってあげますよ。空さんのオゴリで」
あまりに唐突な空の言葉に思わず咳き込むルーデル。しかし当の
アレクシスはといえば落ち着いたもので、笑顔で対応したりしている。
「は、言うやんけ(笑)ええよー、ますます気に入ったで。酔い潰して襲ったろかな」
「ふっふっふっ、正体無くすまで酔わせられますかねー」
「あん、どこまで飲ませられるかも女と飲む時の楽しみよ(笑)」
と、キラーンと一瞬アレクシスの目が光った。
何を企んだのか、小声で空に話を持ち掛け始める。
「お、それじゃあ何か賭けますか?」
「別にそれでもええけど、何賭けんのん?」
「んー・・・父のシャトーコレクションから幾つか、なんてどうでしょう?
レアものはありませんけど、そこそこ値が張るワインのはずです♪」
「ふん、オレは何にしよ・・・何か希望のモンはある?」
「そうですねー・・・最近うちでは訓練続きで馬がへばっちゃってまして。
それを何とかしてもらえると嬉しいかな、と」
「まあ、馬やったらウチいっつも訓練サボっとんし取り替えたってええよ」
「よしっ!それじゃあ私が勝ったらうちの部隊の騎馬2000、お願いしますね♪」
「・・・ま、ええやろ。そん時は何とかすんわ」
してやったりという顔のアレクシスに、さすがに苦笑する空だった。
ところで・・・
「・・・・・・聞こえているぞ」
まあ、小声だったとはいえ席から離れて話していたわけでも無ければ当然である。
そんなため息混じりのルーデルの言葉に
「あはははははは」
「ま、細かいことは気にしぃないな」
アレクシスは笑ってごまかし、空もまた笑いながらルーデルの肩を叩きそうのたまうのだった。
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