酒に賭けるもの・後編
空 翔三郎
「さて!それでは行きましょうか」
そう言ってアレクシスが空を案内したのは、表通りから
少し入った所にある落ち着いた雰囲気のバーだった。
「ここのカクテルがまた美味しいんですよ♪」
「ほーん、嬢ちゃんええとこ知ってんねぇ」
「ええ、あまり知られてませんけどいいお店ですよ。
さ、今日は空さんのオゴリですから遠慮無くいきましょう」
「言いよんな(笑)まーええけどの」
「マスター、いつものお願いします」
カウンター奥に居た中年の男は、軽く頷くと慣れた手つきで
二つのグラスに液体を満たし二人の前に置いた。
「そいじゃ、んー・・・今夜嬢ちゃんと飲めることに」
「空さんのオゴリに♪」
「「乾杯」」
こうして二人は部隊のことや人の噂話などを肴に飲み始めた。
飲み始め
「・・・・・・・・・・・・( ^^)ノ」
「・・・・・・・・・・・・(^^ )」
1時間後
「・・・・・・・・・・・・( ^^)」
「・・・・・・・・・・・・(^^;)」
2時間後
「・・・・・・・・・・・・( ^^)/」
「・・・・・・・・・・・・(==;)」
3時間後
「・・・・・・・・・・・・( ^^)」
「・・・・・・・・・・・・_(××_)」
「そうそう、ほんでそこのヤツがな・・・て、あら? アレクシス嬢ちゃん?」
「うぅ・・・」
「ふ・・・」
少し顔を綻ばせると、空は酔い潰れているアレクシスの髪を優しく撫でた。
「さて、引き上げるかの。マスター、お勘定頼んます」
「は、はい・・・」
店のマスターは何故か少し固い表情で代金を受け取る。
それに対して、空は意味ありげにニヤリと笑うのみだった。
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「ふあっ?」
アレクシスが目を覚ますと、そこは見慣れた部屋だった。
見慣れた机、見慣れた椅子、他にあるのは兵法書の類くらい・・・
女性の部屋にしては飾り気が無く、必要最小限の物だけがある。
そう、ここは自分の部屋・・・
「うーん・・・・・・私、どうしたんでしょう・・・」
まだ起きたばかりで回転の上がらない頭で、何とか今日のことを
思い出そうとする・・・しかし、答えはすぐに得られた。
「お、嬢ちゃんお目覚めけ?」
そう声をかけ、空はベッドで横になっているアレクシスの所まで来ると
持っていた水の入ったコップを手渡した。
「空さん? えーっと・・・」
とりあえずコップの中の水を飲み干す、乾いた喉には心地良い。
少し、頭の中がハッキリしてきた。確かルーデルと空が一緒に
居たところに声をかけて、空とバーへ行った。それから・・・
「・・・・・・・・・頭が痛いから、もう一眠りしてから考えましょうか。
おやすみなさいです、空さん♪」
「いんやぁ、そーげんわけにゃあいかんのう。
今んアレクシス嬢ちゃん、酒で上気しとってえーらい可愛いもんよ・・・」
言うだけ言って、逃げるように布団に潜り込もうとするアレクシスの肩を掴み
苦笑混じりにそう答えると、空はアレクシスの側に身を置いた。
一度アレクシスの顔を覗き込むようにすると、軽く頬に手を添え
そこから顎の稜線、首筋、胸元となぞるように滑らせていく。
「空さん、酔っ払いを襲うのはどーかと思うんですけど」
「ん、そやけん飲み行く前に『酔い潰して襲う』っち言うとったやろ?」
「いいですよ、なんて許可出した覚えはありませんけど?」
「あん、そらこれから取るけん。朝んなって同じこと言えたヤツ、今まで居らんしよ」
あくまでも笑顔のまま話をするアレクシスに、空の方もまた
特に気にした様子も無く手の動きを止めずに答えた。
アレクシスの上着の止め具を外すと、ぐいっと胸元を大きく開く。
「ん? ふーん、アレクシス嬢ちゃん簡素なん付けとんの・・・
部屋入った時も思うたけど、意外と質素なんばいね」
「細かすぎるチェックは大減点ですね」
普段から快活で情報通でもあるアレクシスの意外な一面を見た気がして
思わずもらした、その言葉への反撃もまたアレクシスらしいと思う。
空は再度苦笑しつつ、下着に覆われたままの胸へと手を伸ばし弄び始める。
「嬢ちゃん、こげん時でもそういう不敵なとこ崩さんっちゃね・・・」
「ん・・・お酒で負けた可哀想な女の子に、こんなことするような人を
喜ばせるこ、っ・・・なんて、絶対にしてあげません」
顔を上気させ体を悶えさせつつも笑顔を崩さずそう言い返す
アレクシスを、空は手を止めてじっと見つめた。
「いいねぇ・・・・・・嬢ちゃん、ホンマにええわぁ」
そう言うと、空はアレクシスにゆっくりと顔を近付けていく。
アレクシスは逃げようとはしなかった。また、目を閉じることも
逸らすことも無かった。ただ笑顔のまま見つめ返してきている。
そして、それは互いの息がかかる程まで近付いても変わらなかった・・・
「止めや」
不意にそう言うと、空はアレクシスから離れ立ち上がった。
アレクシスの方は相変わらず笑顔を絶やしていないものの、話の
展開について行けない様子である。
「嬢ちゃん、こげなんでヤるには勿体無いわ。やけえ止め」
そう言ってアレクシスに布団をかけると、ガラス張りの棚の方へと歩いていく。
「そん代わり、賭けをしよや。
いつか・・・そう、オレに勝つ自信がついてからでええわ。
嬢ちゃんを賭けて勝負しよや。そんで勝ったら、遠慮のう抱かせてもらう。
申し込むのはそっちからだけ、オレからの強制は無し。
やけえ自信無けりゃあいつまでもしてこんで逃げてもええっちこつな。
ふふ・・・楽しみやねー、嬢ちゃんはどげんすんのかのう?」
しばしゴソゴソしていたが、目当ての物を見付けて空は立ち上がった。
「ほんだら勝負にゃ勝ったけえこのシャトー何とかってぇの、もらってくな」
いくつかある内の一本を手に取り、アレクシスに見えるように軽く振る。
「ワインか・・・今度ルーの字とでも飲むかの」
「それはダメです♪」
「・・・なして?」
「そういう、賞品を他の人に飲ませちゃうのは、おねーさん嫌いだから♪」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・♪」
ふともらした言葉に即座にダメ出しを食らい、質問の答えがこれ・・・
空はワインからアレクシスへと視線を移していく。
アレクシスは逆に空からつい…と視線を逸らしていく。
「もしもし、嬢ちゃんよい?」
「はい、何でしょう?」
「今の間髪入れずにきた否定の言葉は何なんかいのう?」
「それは女の子の秘密です♪」
「・・・気ぃ変わった、やっぱ最後までやっとこか」
「それでは今度空さんが勝ったら教えるということで・・・」
は、と一言もらすと空はアレクシスに歩み寄り軽く頭を撫でる。
それから「楽しみにしとんわ」との言葉を残し、ワインを片手に
アレクシスの部屋から出て行った。
「ふう、危ない危ない・・・空さん相手にするとリスクが高いですねぇ」
空が去り、静かになった部屋の中でアレクシスは呟いた。
「しかし、私のカクテルマジックが効かないとは・・・
さすが帝国三大酒豪の一人、読みが甘かったです」
今後どうするか、勝つための手立ては、相手を先に酔わせる方法・・・
色々な考えが頭を過ぎるが、すでに根幹だけは定まっていた。
「絶対、酒で負かす!」
アレクシス・フォン・カイテルは、やはり笑顔でそう固く心に誓うのだった。
「と・・・」
ドアを出たところでくらっときて、空は思わず一歩よろけた。
「あん嬢ちゃん、マスターとアルコールん量いじりよったんやろな。
何ぼ洋酒は慣れんっち言うてもちーと効き過ぎやで」
軽く壁にもたれるとそう一人ごちる。
さー・・・・・・
そんな空の耳に雨音が響いた。特に耳をすませたわけでも無いが、
軍宿舎の就寝時間は過ぎていて周りが静かなためだろう。
「雨、か・・・嬢ちゃんの部屋居る時に気付かんでえかったわ。
・・・・・・・・・・・・帰ったら、飲み直すかの」
その呟きは誰の耳にも届くことなく、雨の音の中に消えていった。
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