雨降る夜
空 翔三郎
さー・・・・・・
どこからか雨音が聞こえる・・・暗いな・・・夜か?
雨降る夜は・・・マズイな・・・・・・昔のことを・・・
若い頃のことを思い出すから・・・・・・
あの雨の夜を思い出してしまうから・・・・・・
昔・・・昔か・・・・・・あの頃は、違ったな・・・
真面目で・・・一生懸命で・・・頑張っていた・・・
二十歳そこそこで近衛になって・・・誇らしく思った・・・
もっとやってやると・・・希望を胸に秘めていた・・・
・・・だが・・・あの雨の日・・・・・・全てが、壊れた・・・
あの日・・・姫の護衛だったな・・・峠だったか・・・
男がいた・・・両の眼が赤く爛々と光る・・・男が・・・
悪夢だった・・・百からなる近衛が・・・成す術も無く・・・
しかも・・・その男は素手で・・・我らを・・・・・・
姫は・・・犯された・・・見ていることしか、できなかった・・・
痛む体が動かず・・・・・・いや・・・動けなかった・・・
改めて男に向かう・・・死の恐怖に負けて・・・動けなかった・・・
初めて見るその行為から目が離せず・・・動けなかった・・・
動こうと思えば動けたはず・・・でも、動けなかったんだ・・・・・・
いつしか・・・行為は終わり・・・・・・男はいなくなっていた・・・
オレは姫の側に行った・・・・・・・・・泣いておられた・・・
その身に突然降りかかった・・・あまりの不幸に・・・
だが・・・オレは・・・堪らなかった・・・抑えられなかった・・・
初めて見たあの行為が頭から離れなかった!
初めて見る女性の美しさに目が離せなかった!
憧れていた人が・・・手を伸ばせば届く距離にいる!
その事に! オレは自分を抑えることができなかった!
オレは・・・悲しみに暮れる姫を・・・・・・・・・犯した・・・
気が付いたら・・・・・・山の中を走っていた・・・
ああ、そうだ・・・姫と・・・目が合ったんだ・・・・・・
その姫の目に・・・耐えられなくて・・・オレは、駆け出したんだ・・・
分からなかった・・・分からなかったんだ・・・・・・
胸に・・・黒いシミが・・・ジワジワと広がっていくようで・・・
それが・・・心地良いような・・・痛いような・・・そんな気がして・・・
自分のしたことが・・・恐くて・・・許せなくて・・・でも、気持ち良くて・・・
不意に・・・世界が回った・・・・・・泥の感触・・・転んだらしい・・・
胸が・・・熱い・・・痛い・・・苦しい・・・・・・オレは・・・オレは!
泥の地面を叩いた・・・木々に当り散らした・・・何度も、何度も・・・
視界が、歪む・・・泣いていた・・・分からない・・・分からなかった・・・
もう・・・何も、分からなくて・・・分かりたくなくて・・・・・・
激しさを増した雨の中・・・オレは、天を仰いで吼えていた・・・
「・・・ま? ・・・暗・・・・・・ど・・・?」
声が、聞こえる・・・誰だ・・・誰かを呼んでいるのか?
ボッ、と急に明るくなり光が目を差す。眩しいな・・・
「・・・ま、空さまってば!」
ようやく目が慣れてきた・・・ああ、ミル嬢ちゃんか。
いつものことながら怒ったような顔してるな・・・
「もう、部屋が暗いままですから何事かと思えば・・・
サインは済ませて頂けました? 今日お渡しした書類は
空さまのサインが無いと提出できない分なんですからね」
ああ、そうか。慣れないことをしている内にまどろんでしまったのか・・・
しかし、この嬢ちゃんは口うるさいけどそこがまた可愛くもあるな・・・
・・・・・・・・・ちょっと・・・楽しませてもらおうか・・・・・・
なに・・・声を出させずに襲う方法なんて・・・いくらでも・・・・・・
空は、す…と立ち上がると書類を整理しているミルへと近付く。
そして自分の手がミルに伸びていくのを何も思わずに見ていた。
「はい、OKです。やれば出来るんじゃないですか。
どうして普段から・・・あ、もうっ!」
書類から顔を上げたミルは自分に伸ばされた手に気付くとパシッと
払いのけ、少し距離を取り赤くなりながらまくし立てる。
「頭を撫でるのは止めて下さいって何度言わせるんですか!
私は帝国軍の士官で、もう子供じゃないんですよ!!」
「あ・・・・・・」
空は今ようやく目が覚めたというようにしばし茫然としていた。
ミルに払われた自分の手をまじまじと見る。
今、ミル嬢ちゃんに伸びていってたのはオレの手か?
その手で、オレは何をしようとしていた?オレは・・・
「ああ・・・そう、やの。ミル嬢ちゃんはもう・・・子供や無いねんな・・・」
「え・・・・・・あの、空さま?」
いつもなら笑い飛ばすばかりで聞く耳を持たない、そんな普段の
空とあまりに違う反応にミルは思わず聞き返してしまう。
しかし、空は自分の手をじっと見つめるばかりで何も答えなかった。
「・・・・・・嬢ちゃんも、仕事終わらせたら早よ帰りや」
「は、はい・・・」
ようやく顔を上げると、空はその一言を残し部屋から出て行く。
後に残されたミルは一人ただ首をひねるばかりだった。
さー・・・・・・
廊下に出ると、よりはっきりと雨音が聞こえる。
雨か・・・あんなにはっきりとあの夜のことを思い出したのは久しぶりだ。
そのせいだろうな・・・何とも言えない、この感じ・・・
ひどく暗く沈んだ気分なのに、それをどこか喜んでいるような・・・
沼の底から獲物を引きずり込む機会を狙って楽しんでいるような・・・
あの時と同じ・・・体の中でどす黒い炎が燃えているような、この感じ・・・
「今夜は・・・女抱かずにゃおれん気分やわ・・・・・・」
誰にともなくそう呟くと、濡れるのも構わず降りしきる雨の中へと歩き出す。
空の姿はそのまま街の方へと消えて行った。
|