食えない男
空 翔三郎
シチルにて、二つの部隊が向かい合っていた。
一つ、永倉光成が率いるクレアムーン国第3部隊。
一つ、空翔三郎が率いるラグライナ帝国第4部隊。
そしてクレアムーンの御旗はためく部隊から一人の男が抜刀し進み出て来た。
この部隊の大将、“千騎長”こと永倉光成その人である。
(敵の大将の名・・・クレアの者が使う武術ならば、な)
決して遅れは取るまい、そう思っていた光成だったが、敵陣より
進み出て来た男を見ては驚きを隠せなかった。何故なら−
「ほーい、申し出受けてくれてあんがとさ〜ん」
実に軽い口調で敵陣より出て来たその男が、ここが戦場であることを
忘れたかのように得物はおろか鎧すら着けていなかったからである。
あまつさえ・・・ひょうたんで出来ているものであろうか、紐を括りつけて
あるそれで何かを飲んでいる。恐らくは、
(酒、か。あれで本当にこれから一騎討ちをするというのか)
だが、光成の心に湧き上がった疑念は次の瞬間には霧散していた。
「ほな、殺し合んべか」
その一言を発すると共に空が滑るように移動してきた、速い。
しかもまったく臆することなく光成の間合いに踏み込んでくる。
「・・・ぬう!」
光成の刀が閃き、空の拳が唸る。それが開始の合図だった。
「くく、いいねぇ。丙嬢ちゃんもやったが、お前さんも楽しませてくれんわ」
数度 打ち合い、距離を取ることを繰り返した後、空はそう言いつつ笑った。
しかし、対する光成の疲労は少ないものでは無い。
とにかく相手が何をしてくるのか分からないのだ。
背中を捕ったと思った瞬間に蹴りが飛んでくるなど序の口で、
酒を口に含んで目潰し代わりに吹き付けてきたり、ひょうたん
徳利で刀を受け流し振り回して攻撃までしてくるに至っては。
(・・・滅茶苦茶だな)
戦い方が汚いとか何とか、そういう問題では無かった。
そもそも素手で鎧も着ずに戦いを挑んできた時点で理解を超えている、
恐らくこの男はどういう状況で戦うことになっても自分の予想も付かない
ようなことをしてくるのだろう。
(今、倒しておくべきだろうな)
光成は刀を構え直した。そのまま間合いを詰めていく・・・
限界が近いのは自分が一番良く分かっていた。
対して空も動いた。無造作に歩を進めながら、くっと一口酒を呷る。
いつ使ってくるか・・・警戒しつつも互いに距離を狭めていく。
そして光成の間合いに空が踏み込んだ。
刹那、
ばしゃっ
空は酒を飛ばしてきた。しかし今度は、口に含んだ分では無く
ひょうたん徳利を横薙ぎにして中身をぶちまけてきたのだ。
さすがに下がる光成、すかさず空はその虚をついて彼の左に
入っていた。死角・・・左右の剣閃の違いに気付いていたらしい。
完全に避けるのは不可能−となれば
どっ
ザシュッ
戦場に二つの音が響く。
光成は左の腹部に拳撃を、空は左肩に斬撃を受けていた。
「・・・ち、やっぱ無理な体勢で打ったけえ仕留めきらんかったか。
しかしイッテエのー、避わせんからってそんまま攻撃してくっか? ふつー」
「貴殿がそれを言うか・・・」
およそ普通とは縁遠い相手からの言葉に光成は思わず漏らしていた。
致命傷とまではいかないものの決して浅くは無い傷を負わせたはずだが・・・
血を流しながらも平気そうにされているとどうにも判断が付かない。
しばし、相手の状態を探るような睨み合いが続いたが
「さて、酒も無くなってまったし、一応の役割は果たしたけえ帰んわ。
後ろの方で殺気だっとる兄ちゃんも居んしの」
不意に、最後の一撃で真っ二つにされたひょうたん徳利を投げ捨てると
光成にトドメを刺さすことなく空は自陣へと戻って行く。
その理由が当の光成には分かっていた。
「ここは、こちらの陣に近い」
あの一騎討ちの内容では納得できず激発する者が、
直臣の宗冬など筆頭にいるかもしれない。
それを見越したからこそ自分の首をとらずに戻るのだろう。
「光成様、お怪我は!?」
「肋骨に幾筋かひびが入ったようだ。重い一撃だった」
そして役割を果たしたというのは恐らく・・・
「光成様、右翼より敵第14部隊が攻撃をかけてきます!」
片膝をついたまま動かない光成に、伝令の将兵が報告する。
(やはりか)
この体では前線での指揮は出来まい、しばしの休息が必要だった。
今は自分が鍛え上げた部隊を信じるしかない。・・・古傷が疼いていた。
それにしても−
「食えない男というのは、ああいうのを指して言うのかもしれんな」
「は?」
「いや・・・・」
来た時と同じく悠然と歩み去っていく空の姿に、光成はそう呟くのだった。
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