心のままに
フィアーテ・V・S・B
クルス歴1254年4周期、『聖都クレア』にて『聖都の変』が起こった。
国主である月風 麻耶が突然、失踪すると言う大事件である。
国主が突然の謎の失踪を遂げた事実は、少なからずクレアの民及びクレア軍に影響を及ぼした。
それを重く見たクレア軍部上層部は、帝国軍クレア戦線上層部に対し、『シチルの里』と『鬼哭の里』を引き換えに停戦を願い出る。
帝国軍はこれを受託し、クルス歴1255年3周期までの短い間だが、一時停戦となっていた。
そして、『シチルの里』にてクレア軍と攻防を繰り広げていた帝国軍の部隊は『シチルの里』にて、各々暫しの休息を取っていた。
因みにその際に、各部隊の将軍が寄り集まり、宴会の場で騒いだりもしたのだが、それはまた別のお話である。
「うーーーーむ」
カチャ
白い装飾を施されたカップを手に、フィアーテは唸っている。
恐らくは何かについて悩んでいるのだろうが、今はこの場にいない彼の義理の父『ヴァークロフ』でさえも、ここまで悩んでいるフィアーテを見た事はないのではないだろうか。
「…………告白ってどうすればええんやろう?」
誰かが聞いていたら、ずっこけそうな事をフィアーテは呟く。
しかし、その顔は至って真面目でふざけてはいない。
部屋には誰もいないので、普段かけているサングラスは外されている。
そして、いつもはそのサングラスに隠されている『銀の双眸』には、今は戸惑いの光が宿っていた。
戦場においても揺るがないその光が今は、揺れ動いている。
「…………グレイアス君とか見たいに気の利いた事がゆえるわけでもあらへんしな……」
首から下げているアクセサリーの内の一つ――銀細工のペンダント――を指で弄ぶ。
「そーいや、昔あの人がゆうとったっけ……」
「確かに、気の利いた言葉を言って貰えれば女性は嬉しくなります……けれど、もっと大事な事は、貴方の“心のまま”の想いを告げる事……」
「心のままの想い?」
「はい……それが一番大事な事です」
「ふーん……母さんがゆう事はようわからへんな」
「ふふ、今は分からなくても、きっと理解できる時が来ます……その時に、できればこのアドバイスが役立って欲しいですね」
「“心のまま”にか……」
何かを思うように、フィアーテは両目の瞼を閉じる。
そして、再びその瞳を開いた時には、普段と変わらない『銀の光』が灯されていた。
「そうやな……悩むよりもまずは行動してみよか」
そう呟くと、フィアーテはペンを手に取り、手紙をしたため始める。
その内容はどのようなモノか……それは、当然ながらフィアーテ以外の誰も知る由はない。
その手紙を受け取るであろう人物以外には……。
――そして、その二日後
シチルのある小高い丘に一人の女性が佇んでいる。
ブロンドの髪をベリーロングのポニーテールにした女性の名は『ミル=クレープ』……帝国軍の法術部隊を指揮する若き将軍の一人である。
「一応、来てはみたけれど……どうされたのかしら?わざわざこんな手紙でこんな所に呼びつけて……しかもこんな名前で」
そう言うと、ミルは羽織っている外套のポケットから一つの手紙を取り出す。
そして、中に入っている丁寧に折られた白い紙を広げる。
えーと、何やこんな手紙を書く羽目になろうとは思わんかったわ
取り敢えず、用件だけを書いとくな
5月6日に下記に記してある場所まで来て欲しいんや
もし、用事があるんならこの手紙を伝令兵にでも託けてくれればええわ
また後日改めて、日にちを指定するさかい
バレッテーゼ
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「そもそも何か用があるなら、いつもは尋ねて来るのに……」
約3年前に始めてあって以来、ミルとフィアーテの親交は続いていた。
それ故に、特に気にする事もなく用があればフィアーテはミルの所に訪れていたのである。
今回の様に、手紙で呼びつけるなどという事は一回も無かったのだが……。
(誰かの罠、と言う可能性もこの名前が使われている時点でありませんし……)
『バレッテーゼ』
この名前はフィアーテの本名である……いや、正確には本名だと思っている。
赤ん坊の時に、握っていたと言うペンダント――それに刻まれていたのが『バレッテーゼ』と言う言葉だった。
故に本当に本名なのかどうかは、フィアーテ自身知らない。
手がかりは何一つない……そう、何一つ。
だから、永遠に知ることはない……彼の本当の名前が『バレッテーゼ・クライフタウン』である事も。
ヒュ〜〜〜
いつか、何処かで感じたような風が丘を吹き抜けて行く。
そして、フィアーテはその風と共に現れた。
いつものように黒いコートを風に靡かせながら……。
唯、一つだけ、いつもと違うところは――その銀の双眸をサングラスで隠していなかった。
「よ、お待たせ」
そう、いつものように手を上げながらミルに挨拶をする。
「あ、はい、こんにちわ」
全く普段通りなフィアーテの挨拶に、多少戸惑いながらもミルも挨拶を返す。
「取り敢えず、説明して欲しいのですけど……何故、このような場所に?」
一寸不可解そうに、首を傾げながらミルは目の前の黒尽くめの青年に問う。
すると、フィアーテはミルから視線を外し、周りのシチルの小高い丘の麓に視線を向ける。
「帝都にあるあの丘に似とるやろ?」
そして、ミルの問いとは関係ない事を口にする。
しかし、ミルは怒るでもなく、フィアーテの横に並んで丘の麓に視線を向けながら――
「ええ、良くこんな場所を見つけましたね?」
「初日に歩き回って見つけたんよ……此処を指定したんは此処なら少しでも大丈夫かなと思うたからやな」
良く分からない事をフィアーテは口走る。
ますますもって不思議そうな顔をして、ミルはフィアーテを見つめる。
そして、フィアーテはそんなミルの瞳を『銀の双眸』で見つめ返す。
普段はサングラスがある為、目を合わせる事はないが、今はそのサングラスはない。
「前にミルちゃんゆうたよね? ……幸せな家庭を作れって……んなら、ミルちゃんが嫁さんになってくれるんやったらいくらでも作ったるで?」
いつもとは、ほんの少しだけ……殆どの人間は気付かない程度に、本当に微妙に……何処か違う感じでフィアーテはミルに告げる。
「それは、告白なのかしら?」
ミルもまた、普段とは違った感じで答える。
そう、フィアーテにではなく……バレッテーゼに答えたのである。
「ふっ、これでも俺にとってこれでもないくらいの告白やったんやけどな?」
苦笑をして、フィアーテは言う。
伐が悪げに、頭をポリポリと掻いている。
「私の……何処が好きになられたの?」
苦笑をしているフィアーテに、ミルは悪戯っぽく問い掛ける。
「……優しいところ、かな?」
頭を掻くのを止めて、ミルに視線を向けたままフィアーテはポツリと呟く。
しかし、ミルはクスリと悪戯っぽく笑って――
「50点ですね、台詞がありきたり過ぎます」
と、言う。
「んー、こうゆう事には慣れてへんからねぇ」
あははっと再び苦笑する。
「ま、もっとも理屈じゃあらへんねん……俺は唯、“心のまま”……心が感じることをゆうただけやし」
そう言うと、二人の上に広がる青空に視線を向ける。
「……バレッテーゼ、私なんかで良いの?」
空を見つめていた、フィアーテに雰囲気を変えたミルが問い掛ける。
そして、視線をミルに戻すと、そこには真剣にフィアーテを見ている少女の姿があった。
「はっ、何ゆうとんねん……俺にとって君以上の女性はおらんよ」
何気に普段では死んでも言いそうにない事を平気な顔をして言っている。
恐らくは微妙に暴走状態にあるのかもしれない。
「でも、私はバレッテーゼ……貴方が思うのとは違う存在ですよ?」
「んなこたー関係あらへんな……君がどう言う存在でも俺の“想い”があるっちゅう事実は」
そう答えるフィアーテを、ミルは少し哀しそうにして見つめる。
「本当に? 私が…今まで貴方を欺きつづけていたとしても?」
「……俺にゆえん事なんやろう? ……なら、ゆえるようになるまで待つわ」
「でも、私……バレッテーゼが思ってくれるほど、綺麗じゃないの、身も心も……」
その言葉を聞いたフィアーテは「はぁ、ふー」と溜息をして――
「あのなー、んな事関係あらへんゆうたやろ? 俺は唯、君の事が好きなだけ……唯、それだけやけ」
「でも、でも…………」
「勿論、俺のことをそーゆう風に思うてへんのやったらそう答えてくれて構わへん」
そして、ミルは先ほどよりもほんの少し哀しそうな目をして――
「私はバレッテーゼの事は好き。だけれど空さまや薙さん悠ちゃんも同じくらい好き……」
「バレッテーゼ、貴方の思いにどう応えれば言いのかわから無いの……」
と、言って目を伏せる。
すると、フィアーテは少ししゃがんでミルの肩に手を置く。
「ミルちゃんの心のままに応えてくれればええよ? それがどんなものであっても、俺は否定はせんし、受け入れる」
そう言って、ミルに優しく笑いかける。
それこそ、全てを包み込もうとするかのように……。
「……バレッテーゼ、私は今貴方に応えられない。貴方が私に何を望んでいるのか、そして私はどう応えるべきなのか、判らないの……」
「でも、嫌いじゃないの。だから……」
そう言うミルの表情は困惑に彩られており、彼女の思考は堂々巡りになっている。
その様子を見たフィアーテが静かに首を振って――
「今直ぐに、答えをださんでもええよ……ゆっくり考えてな……そして、君の心のままの答を出してな?」
そして、そっとミルの小さく細い華奢な身体を抱きしめる。
「それで……十分やけ」
そう言うと、フィアーテは抱擁を解く。
「バレッテーゼ……」
ミルはそう呼びかけ、フィアーテがこちらを向いた瞬間すっとその首に抱きついて、口付けを交わす。
フィアーテは突然の事に、少し驚くが直ぐにミルの背中に手を回してその優しい口付けに応える。
数秒後、どちらからとも無くそっと離れる。
「……始めて告白してくれた人だから、私の始めてのものをあげる。ファースト・キス……今はこれでしか応えて上げれないの、ごめんなさい」
言いながら、ミルは酷く済まなそうな顔で、俯いている。
「いや、ミルちゃんが謝ることなんてあらへんよ? つか、俺は今の十分やで?」
しどろもどろになりながら、フィアーテは言葉を紡ぐ。
その様子だけを見ると。本当にこの手の事に関しては疎いのだと言うことが分かる。
「生まれてからずっと守ってきた、ファースト・キス。貴方にだから上げる……」
そう言うと、ミルは本当に真っ赤になて俯いてしまう。
心なしか、言われたフィアーテ自身も多少赤くなっているようである。
最も、この手の事に関しては疎いのだから、こういう言葉に耐性が無いと言うのも頷ける話だが……。
ヒュ〜〜〜〜
風は変わらずこの丘を吹き抜ける――
果たして、この純情な恋物語はどう言う結末へと向うのだろうか?――
それは誰にも分からない――
それでも、風は二人を導くように吹き抜ける――
<Fin>
【ちょっとした説明】:『バレッテーゼ』
フィアーテの本名。但し、フィアーテ自身は本当に自分の本名なのかは分からない。
フルネームは『バレッテーゼ=クライフタイン』
当然の事ながら、家族などの事も一切不明。
:『母さん』
フィアーテの義理の母親。
1248年に帝国皇后ルフィアと同じ流行病にて病没。
名前は『シルディア』で、当然ヴァークロフの妻だった女性。
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