ENDING STORY・半月の章の弐

フィアーテ・V・S・B

そこはとある草原。
アレシア大陸に存在する国『クレアムーン』の郊外に広がる草原である。
どこにでもありそうなその草原に佇むは、人でありながら限りなく人で無きモノ達。
『九頭龍』と呼ばれる組織がこの大陸には存在する。
この大陸の裏世界に存在する組織の中では一、二を争う規模であるが、同時に最も正体が不明な組織。
今、ここにいる二人はその『九頭龍』のメンバーだった。
但し、唯の構成員ではないが……。

「…………水龍」

全身を黒で纏った片方の男が、尋ねるように傍らの男の名を呟く。
その男の瞳は、身に纏いし衣とは逆に星のような銀の輝きを灯している。

「手はず通り行ってますよ、闇龍さん♪」

言葉を受けて、青のスーツを身に纏った男が楽しそうに答えを返す。
これから『仕事』をするにしては、彼の格好は普段と大差がない。
唯一つ、違うのは……その手に剣が握られている事だけだった。

九頭龍・最高幹部連『九龍心』

それが今の彼らの肩書き。
その名の通り、組織の“心”となりて組織を動かすモノ達。
それが故に人は言う。
人でありながら限りなく人で無きモノ達と。

「…………始めるぞ」

時として『純粋なる闇』と呼ばれしモノは静かに宣言する。
『龍』による“狩り”の宣言を。




――場面は変わり、その草原からそう遠くないところにある森。
普段は人があまり近寄る事がない為、鳥の鳴き声がするぐらいであるが、今日はすこし違った様子を見せている。
鳥の鳴き声さえしない暗い木々の中で、普段は決してしない音――剣戟の音が響いていた。

「チッ、オイてめぇら、その女共を囲め!!」

不精髭を生やした40代くらいの男が、ロングソードを片手に大声で叫ぶ。
彼の足元では幾人かの男達が呻きながら倒れており、彼を含む周辺にいる男達の視線の先には二人の少女がいた。

「ヴェルナ様、お怪我はありませんか?」

もう一人の少女を庇うように刀を構え、立ち塞がっている少女が前を睨みながらも後ろにいる少女に尋ねる。

「大丈夫ですの〜」

その言葉を受けた少女――ヴェルナ――は、普段と変わらぬ声で答えを返す。
ヴェルナと綾火……彼女達はかつてクレアムーン軍に所属していた少女達だった。
しかし、突如として彼女達は軍を辞職し行方を眩ましたのである。
それからクレアの地方を転々としていた二人だが、聖都決戦が終わた直後に元副官のハヤテの家を占拠……もとい滞在していた。
だが、一部のクレアの老神官や長老達は自らの保身の為に彼女達を見過ごせぬとして刺客を差し向けたのである。
そして、不運にもたまたまその時がヴェルナがふらっと外に出かけた時と重なってしまったのである。
幸いにして近くに森があった為、二人はその中へと逃げ、現在に至るというわけであった。

「小娘の分際で……くそっ!!」

あまり関係ない事を苦々しく呟く一人の傭兵。
だが、たった二人の少女に20人近くいた仲間の内半分近い人数を倒されては悪態つきたくもなるだろう。
最も、彼らの実力が大した事ないのも事実であるが。
数人を除いて、ここに集っている傭兵達は精々が下の中程度の腕前しか持ち合わせていない者ばかりだった。
更に戦場が狭い森に移った事で、人数の分もあまり意味を成さなくなっているのである。

「このっ!! うおらぁぁ!!」

一人の傭兵が声を上げながら、ロングソードを振り被って綾火に文字通り突撃する。
女にはない『力』で叩き伏せようと言う気なのであろう。
しかし、綾火は全く動じずに構えている刀の切っ先を持って、ロングソードの力のベクトルを変え、左に受け流す。
ガスッと鈍い音を立てて、綾火によってあらぬ方向に受け流されたロングソードは大樹に斬り刺さってしまう。
そして、綾火は隙だらけの男の脇腹に膝蹴りを叩き込む。
声無き悲鳴を上げながらもんどり倒れこむ男を脇に、綾火は再び刀を正面に構え、次の相手に備える。

「ふぅ、実力は大した事ないが、この数は少々面倒だな」

先ほどの傭兵の一名とは別の意味で悪態つきながら、綾火は油断なく刀を構え、周りの男達を睨んでいる。

――その時

確かにそこにいる全員が凍えるような凍たい風をその身に受けた。

「…………此処に居たのか」

突如としてそこに現れた、銀の双眸を持ちし闇色の狩人はポツリとそう呟く。
綾火の眼には、それはまるで闇が人の形を成したかのようにさえ見える。

「また女子二人に大げさな人数だな……」

綾火とヴェルナの周りにいる傭兵達を確認すると、明らかに先ほどよりも不機嫌な声を出し殺気を滲ませながら、傭兵達を睨みつける。

「生憎だが、貴様らに用はない……」

そう言うとシュッと腕を一振りする。
すると、いつの間にか黒尽くめの棒のような物がその手に握られていた。

「さぁ、始めようか……」

それは『夜の刃』を名乗りし暗殺者にとっては始まりの宣言であり、これから被害者となる者達にとっては終幕の宣言である事を何故かこの場にいる者全員に理解できた。
そして、闇の衣を纏った暗殺者は刃の如き光を持った双眸を強く輝かせて、地を強く蹴り出す。

その瞬間

ヒュッオオオオオ!!

と、豪快な風切り音をさせながら『氷柱』がナイト・ブレイドに飛来する。

「……………………!?」

ガキィッ!!

ナイト・ブレイドは内心驚きながらも、その手に持っている黒い筒――『絶望』の名を冠した隠刀より黒刃を出して氷柱を弾く。
そして、今しがた自らに向けて氷柱を撃った人間……ヴェルナに問い掛けるように視線を向ける。

「ヴェルナ様?」

綾火も少し驚いたようにヴェルナの方を振り向く。
すると、そこにははっきりと何らかの意思を感じさせられる眼差しをした主の姿があった。
それだけで、綾火にはヴェルナが何を考えているのか直ぐに理解する事ができた。
それはそれだけの年数を、二人で過ごしてきたという証でもある。

「絶対に許しませんの」

決して大声ではない。
しかし、その声には何故か有無を言わさない力強さのようなモノが感じられた。
そして、その言葉を聞いてナイト・ブレイドは先ほどの彼女の行動の理由を窺い知る事ができたのである。

(…………私が暗殺者だと言う事は理解してように……されど、それでも殺す事は赦さぬ、か……)

心の中でそう呟く。
しかし、その呟きは彼にしては珍しく……本当に珍しく“面白そう”であった。

「この、背中が空いてる……グボァ!!」

ナイト・ブレイドを後ろから攻撃仕掛けた傭兵その一は、しかし敢え無く顔にバックナックルを叩き込まれて吹き飛ばされる。

(ふむ……条件も揃っているな……アレを使うか)

そう心の中で呟くとナイト・ブレイドは地を蹴り、ヴェルナの前に立ち塞がっている綾火の前を更に立ち塞がるように移動する。

「お前達に……悪夢を見せてやろう……」

バサバサバサァァァ!!

その言葉が発せられると同時に、何かを感じたのか無数の鳥達が森から逃げるように飛び去って行った。

瞬間――風が何かに呼応するように強く激しく吹いた。




「……さて……これでゆっくりと話せるか」

ブレイド・オブ・ディスペアを仕舞い、ゆっくりと綾火とヴェルナの方を振り向く。
その後ろには、先ほどまで綾火とヴェルナを襲っていた傭兵達が倒れていた。
だが、全員からそれぞれ呻き声が聞こえるところから取り敢えず、生きてはいるようである。
最も、綾火とヴェルナには目の前の男――即ち、ナイト・ブレイドが何をしたのか全く理解できていない。
それも当然の事である。
ナイト・ブレイドが二人の前に立ち塞がり、「悪夢を見せる」と言った数瞬後、残っていた傭兵達全員が突然悲鳴を上げながら倒れたのである。
その間、ナイト・ブレイドは一歩も動かなかったし、言葉も発していなかった。
そんな状況の中、彼が何をし得たのか……それは彼、本人にしか解らないだろう。
恐らくは被害者である傭兵達にも何が起こったのかは理解できていないはずである。
理解する時間すらなかったのだから、当然と言えば当然なのだが。

「取り敢えず、一応移動するとしよう……万が一、後ろの連中が復活しても面倒なのでな」

一方的にそう告げると、ナイト・ブレイドは歩き出していく。

「ヴェルナ様、如何しますか?」

「え、う、う〜〜ん」

尋ねられても即答できるような簡単な状況ではない。
それは綾火とて理解できているが、結局のところ決めるのはやはり主であるヴェルナなのである。

「……葉隠 涼の事について知りたい事があるのだろう?」

不意にそんな声が二人の耳に届く。
今、この場所にいるのは三人だけなのだから、当然その言葉を発したのは……。

「……綾火、取り敢えず付いて行って見ましょう」

ナイト・ブレイドの背中を見ながらヴェルナは言う。

「解りました」

鞘に納めた刀をの柄を強く握りながら、綾火は答える。
その心の中で今まで数え切れぬ程、強く誓った事を再び誓いながら。

(例えどうなろうと、ヴェルナ様は必ず護って見せる)

そして、二人はナイト・ブレイドの後を続くように歩き始めた。
その先に何が待ち受けているのか、ほんの少しだけ心に不安を持ちながら。

(2003.03.11)


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