ENDING STORY・秋月の章の壱

フィアーテ・V・S・B

クルス暦1256年・10周期
表の歴史には決して出る事のないとある事件が発生した。
帝国の将軍であるミル=クレープの行方が不明になる事によって発生したその事件は、フィアーテを始めとする数名の帝国の将軍の活躍により僅か数日で解決に至った。
この事件の多くの実行犯はフィアーテ達との交戦で死亡したものの、首謀者であるブランマンジェ伯を捕らえる事には成功しており、その多くの罪を裁かれる事となった。
そして、この事件の被害者であるミル=クレープは救出はされたもののその身と心は酷く衰弱し切っていた。

そして、一週間後――

ミルは事件で受けた被害の影響で今だ昏睡状態にあった。
医師の話では、身体的な疲労も勿論あるがそれ以上に大きいのが精神的なショックであると言う事だった。
現在、彼女はブラットシュタイン家の一室で眠っている。
自らの傍に置いておきたいと言う、フィアーテの希望によるものである。
実際、ブラットシュタイン家には掛かりつけの医師――組織九頭龍所属の医師――がいるし、メイド達の中にも医術を心得ている者がいるので、ミルを引き取っても問題はなかった。
それに、眼が覚めた時に頼れる者が傍にいる事はミルに取っても精神的にとても安心できるだろうと言う判断もあった。




――ミルの仮寝室

フィアーテは普段は常に掛けているサングラスを外し、その銀の瞳を露にしていた。
ミルが静かに寝ているベッドに腰をかけ、そっとその流れるようなブロンドヘアーを愛しいそうに撫でている。
時には正しく刃の如き輝きを宿すその瞳も、今は夜空の星の様な優しい光を湛えていた。
心なしか寝ているミルの顔も安らぎに満ちているように見受けられる。
昏睡状態にありながらも、フィアーテの存在を感じ取っているのかもしれない。

「ミルちゃんの髪の毛はホンマ撫で心地がええねぇ」

まるでミルが起きているかのようにフィアーテは彼女に語りかける。
フィアーテは必ず日に三回は、寝ているミルにこうして優しく語りかけている。
少しでもミルが安心できるようにと、この一週間欠かさず語りかけてきたのである。

「悠ちゃんやリョウ達とはまたちゃった感じの髪よな……俺ん髪は割りと堅いほうやけ余計にそう思うんかな?」

ミルの髪を撫でているのとは、別の手で自らの髪を触る。
漆黒の闇のような黒さを持つ彼の髪は、ミルとはまた違った綺麗さを持っているが確かに堅そうではあった。

「さて、ちょう出てくんな……直ぐ戻るけぇな」

そう言ってもう一度ミルの髪を撫でると、彼女の額にキスをしてフィアーテは部屋の扉に向かう。
扉へ歩いていくフィアーテのその手には、いつものサングラスが既に握られていた。




――帝都のとある場所にある喫茶店

フィアーテは今、ある喫茶店に来ていた。
その喫茶店は雰囲気は落ち着いた感じの割りとしゃれた喫茶店で、大手とは言えないがそこそこに経営が上手くいっている店であった。
今は客が来る時間帯ではないのか、店内に殆ど客はいない。
そんな中、いつものように黒尽くめの格好しサングラスをかけたフィアーテが奥の席に座っていた。
この喫茶店にはクレアのお茶もメニューにあり、それが為にフィアーテはとある人物との待ち合わせをこの店に選んでいた。

カランカラン

すると、ドアベルが鳴り店内に一人の人物が入ってくる。
黒髪・黒瞳の少し冷たい感じのする着流しを着たその人物は、店内を見回すとフィアーテに視線を止めそのままフィアーテの席に近づいてくる。

「……少し遅くなったか」

フィアーテに聞こえる程度の声でそう言うと、フィアーテの目の前に座り、ウェイトレスに飲み物を注文する。

「いや、俺がはように来過ぎただけやねん……待ち合わせ時間にはまだ5分程度あるで」

服の胸ポケットから愛用の――誕生日にミルから貰った――懐中時計を取り出し、時間を確認すると時計の針は、待ち合わせの時間よりも5分前の時を指している。
フィアーテがこの店に来たのが、約15分前……確かに少々早く来すぎであるかもしれない。

「こん間は済まんかったな、いきなし依頼なんて頼んで……雷夏君」

『水薙 雷夏』

フィアーテの目の前に座っている男性の名である。
裏世界の世界では有名な忍の一族『水薙一族』の当代第一後継者であり、超一流の暗殺者。
そしてまた、シチルの戦い・聖都攻略戦で『暁の守人』の暗部を率いてフィアーテ達と同じ戦場で戦った者でもある。
一週間前の事件の際に彼は、フィアーテから『ミル捜索』の依頼を受けたのである。
今日、この二人が待ち合わせたのはその際の依頼料の支払いを行う為であった。

「んで、こっちが依頼料な」

口を白い紐で括られた、小さな麻袋を雷夏に渡す。
袋の大きさからして恐らくは貨幣などのお金ではなく、何かしらのお金に変換できる物なのだろう。

「…………………………」

無言で雷夏は、その紐を解き袋の中身を確認する。
中に入っていたのは、光を鈍く反射する無色透明な宝石――即ちダイヤであった。
雷夏には特に宝石の知識はないが、その袋の中に入れられている三つのダイヤは中々の値打ち物である事は理解できた。

「……確かに受け取った」

そう呟くと、雷夏はそれを懐にしまう。
そんな何気ない動作さえ隙がなく、一枚の絵にすらなりそうであった。
その様子を見て、やはり戦ってみたいなと心のどこかで思ってしまい、自分自身に呆れを持ってしまうフィアーテだった。
やはり彼もまた、一人の修羅であれると言う事なのであろうか……。

「【第二次シチルの戦い】以来、何やらかんやらでクレア戦線は停滞してまっとるの」

そう言いながらフィアーテは、少々温くなったルフナのミルクティーを口にする。
深い濃いい紅色をした渋みが少ない、独特のスモーキーフレーバーが彼の舌に広がって行く。

「我にとってはこれ程幸いな事もないが……」

これまで「唯、殺して回る事」しかしてこなかった希代の暗殺者にとって、戦争――それもこれまで彼がして来たのは法術部隊の指揮である――は、退屈なつまらない仕事であった。
他人に全く関心を示さない暗殺者にとって、多くの人間と関わらざるを得ない今の状況は歓迎すべきものではないのだろう。
それは彼に、「今後は決してこの手の依頼は受けぬ」と誓わせる程のものであった……少なくとも彼にとっては。

「君にとっては、戦場に出るって事は苦痛の何もんでもないやろうねぇ……そもそも畑違いやし」

苦笑しながらフィアーテは、その暗殺者に応える。
自らもまた、暗殺者であるが故に雷夏の気持ちは少なからず理解出来るのであろう。
最もフィアーテの場合は、傭兵として部隊を指揮した経験も数年程あるので雷夏とはまた状況が違うのだろうが。

「雷夏君は……これからどうすんの?」

静かにティーカップをソーサーに置き、静かにフィアーテは雷夏に尋ねる。

「これまでと変わらぬ……『殺して回る』……その為だけに生まれて、生きて、そして死ぬ」

「……そか」

そうフィアーテが短く言うと、まるで計ったかのようなタイミングでウェイトレスが雷夏の注文の品を持ってくる。




「んじゃな、雷夏君」

「……ああ」

あれから多少の世間話をして時を過ごした二人は、先程の喫茶店の入り口で二人は別れの挨拶を交わしている。
雷夏は普段はあまり出歩く事がない為に、この二人が出会う事は割と少ない。
更に今は、できるだけミルの傍にいる為にフィアーテ自身も外を出歩く事が珍しい為にそれは余計高くなっている。

「では、また……」

「じゃ、『またいつか』な」

これから別の道を歩いて行くであろう二人。
二度とその道が交わる事はないかもしれない。
それでも、フィアーテは『再会の為の挨拶』を紡ぐ。
言葉ではなく、その心を持って……。

『いつか、また逢える日まで』と……。

(2003.01.19)


『ENDING STORY・半月の章の壱』へ
『ENDING STORY・半月の章の弐』へ

年表一覧を見る
キャラクター一覧を見る
●SS一覧を見る(最新帝国共和国クレア王国
設定情報一覧を見る
イラストを見る
扉ページへ戻る

『Elegy III』オフィシャルサイトへ移動する