ENDING STORY・半月の章の壱
フィアーテ・V・S・B
――帝都ラグライナ・王城内
「一日で流された血は戦史上最高」と言われる最大の激戦となった『聖都クレア攻略戦』。
その戦いで空を総大将とする帝国西方軍は、後一歩と言うところまでクレア軍を追い詰めるが、突然の大吹雪によって撤退を余儀なくされた。
その為、両軍は再編成の為再び長い睨み合い状態となる。
そして、帝国第14部隊『WINGS』の指揮官であるフィアーテもまた帝都ラグライナに帰還していた。
その帰還した翌日、即ち今日、フィアーテはこの王城の謁見の間に足を運んでいた。
「お前が此処に来るのも久しいな……」
フィアーテの様々な報告が終わって、帝国皇帝セルレディカはその口を開く。
その姿は正に数々の帝国の将軍の上に立つ者であった。
その横には常にセルレディカの影となって傍にいる正軍師エルの姿もある。
だが、謁見の間にはいつもはいる他の衛兵などの姿は見受けられなかった。
フィアーテが報告などしに来る時は常にその場にいるのはセルレディカとエルのみで、他の者は人払いされているのである。
「ああ、そうゆえばそうですね……報告は翔君に任しとりましたさかい」
「ふっ、今のお前の姿は昔のお前からは考えられぬな」
答えるフィアーテを見て、セルレディカは珍しく笑みを浮かべる。
「あー、昔の事はゆわんで下さいな」
バツが悪げにフィアーテは苦笑を浮かべて言う。
セルレディカと言う人物は決して嫌いではないが、過去の自分を知っている数少ない人物の為少し苦手な部分があるのは確かだった。
「私は少し見てみたいのですが……」
口に手を当ててくすくすと笑いながら翼の軍師はフィアーテに言う。
「エルさんまで苛めんといて下さいな」
普段はサングラスで隠している銀の瞳を細めながら、ポリポリと頭を掻く。
セルレディカが唯一、愛した女性の面影を宿したこの翼を持ちし軍師も何故か少し苦手だった。
彼女が持つその面影の所為なのかもしれないが。
「それで? 余に何か用があるのだろう? フィアーテよ」
「ええ、実は今回の戦いで俺が捕虜にした葉隠嬢の事なんですが」
「葉隠……確かクレアの直系武将位の者だったな……それで?」
いつか聞いた情報を思い出すように目を閉じて、セルレディカはフィアーテに先を促す。
「彼女の身元の引き受けをさせてもらえんでしょうか?」
その言葉を聞いて、セルレディカの眉がピクッと動く。
「何故、そのような事を?」
セルレディカの代わりに傍らに佇むエルがフィアーテにその真意を尋ねる。
フィアーテが言った言葉は即ち、敵将である葉隠 涼を帝国の者とすると言っているも同然であった。
「……にとるんですよ……昔の俺に」
今までセルレディカに向けられていたその銀の双眸を窓の外に投げ出す。
その姿は一体何を想っているのか……流石の帝国皇帝と正軍師にも想像はつかなかった。
「なるほどな……良かろう……今までのお前の功績の褒美として葉隠の身元をお前に任せよう」
「有難う御座います……では、俺はこれで失礼します」
その漆黒のコートを翻してフィアーテは一礼をして、その場を後にする。
フィアーテが去ったその場を皇帝と翼を持ちし軍師は唯、見つめていた。
――時は少し流れて、クレアのとある場所にある屋敷
その屋敷の縁側でのんびりとお茶を飲んでいる女性がいる。
その女性は女性にしては長身でスタイルも良く、流れるような金髪に青い瞳をしていた。誰もがまず間違いなく美人と言うだろう。
またその身に纏っている変形の巫女服がアンバランスながらもどこか似合っていた。
「ヴェルナ様」
吹き抜ける風に気持ち良さそうに身を任せていると不意に彼女の名を呼ぶ声がする。
その声は彼女――ヴェルナ――にはもう聞きなれて随分立つ声だった。
「綾火、お帰りなさいですの」
ヴェルナは幼少の頃からずっと傍にいてくれた大事な友人にニコッと笑って挨拶をする。
その笑顔を受けて、綾火も不器用ながらにほんの少し笑顔を浮かばせる。
「私の我侭を聞いて貰ってごめんなさいですの」
「いえ、私はヴェルナ様の為にいるのですから……」
一見冷たく聞こえるその言葉にも彼女のヴェルナに対する優しい想いが込められている。
恐らくはその命が尽きるまで彼女はヴェルナに仕え続けるのだろう。
「それで葉隠さんの行方は……?」
そう……とある事情の為に軍から離れてたヴェルナが気にかかっていた事。
それは、かつて軍の事に関して何も知らない自分に色々教えてくれた葉隠 涼の行方だった。
彼女はクレアの中でも有数の将軍だったが、あの最大の激戦となった『聖都クレア攻略戦』で帝国の部隊と交戦し、彼女の指揮していた部隊は壊滅、彼女自身も捕虜となったと言う。
彼女を捕らえたと思われる帝国第14部隊『WINGS』は、その後その他の帝国の部隊と共に撤退、涼自身は帝都に郵送されたものと思われる。
「残念ですが、郵送後の事については詳しい情報は特に……」
だが、綾火は首を振りながら申し訳なさそうに言う。
最も、凶報がその口から出なかっただけマシかなとヴェルナは心の中で思う。
「根も葉もない風の噂なら聞くことはできましたが、どれもまったく確証のないものばかりでして……」
「そうですの……」
続けて言葉を重ねる綾火に複雑な感情を含ませた声で返事をする。
「葉隠さん……無事だと良いのですの……」
「そうですね……」
青く晴れている空を見ながら、ヴェルナはポツリと呟く。
――同じ頃
「んー、成る程……かの老神官達は自らの保身の為なら正に何でもする気なんですねぇ」
デスクに座った一人の男が何枚かの資料を見ながら呟く。
青いスーツに身を包み、その眼は開いているのか閉じているのか解らない程細い。
何の変哲もない青年のように見えるが、その身に纏っている雰囲気が只者でないと訴えている。
彼が持っている資料には現在、クレアに存在している何人かの武将位・巫女位の名前がピックアップされていた。
「京槙さん」
静かにその男は自らの横で待機していた男呼ぶ。
「はっ、何でしょうか?」
「済みませんが、闇龍さんと連絡を取って頂けませんか?」
その名を聞いた京槙はピクッと微かに身を反応させる。
しかし、直ぐに何事もなかったかのように「承りました」と告げるとその部屋を去る。
「さて、これは流石に見過ごせませんよ……老神官達よ……」
デスクから立ち上がると窓から外の景色を見ながら、微かにその眼を開けて呟く。
決して他の誰にも聞こえていないがそれは確かな宣戦布告だった。
九頭龍・最高幹部連【九龍心】が一人――『水龍』からの……。
そのデスクの上に置かれた資料――その幾つか重なった資料の中で見えている名前がある。
『ヴェルナ・H・エイザー』
確かにそこにはそう記されていた。
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