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4998年12月21日 13:48
シルクス帝国領レイゴーステム、レストラン《タイクーン・グラハム》1階

「あれはちょっときつかったんじゃないのかねえ」
 ルクレツィアの思い出話に花を咲かせていた最中、ルザリアが呟くように言った。
「アシュヴィル様がルクレツィアさんに謝罪させたこと?」
「そう。あの育て方、ちょっと普通じゃない──」ルザリアは紅茶のお代わりを運んで来た店員に気付き、会話を中断させた。「──っと、どうも。……で、話を元に戻すけど、アシュヴィル様の子育てって、今から振り返ってみると、ちょっと変わってたように思えるけどねえ」
「珍しいことは間違いありませんが、誤っていたとは思えないですね。貴族の中には、一般兵士や農民というものは、時に賭けに使用されるチップのように粗雑に扱っても良いと勘違いする者が時々現れます。そういった人間が国や軍隊を動かしたら何が起こるのか……敢えて語る必要も無いでしょう? 目の前に築かれるのは死体の山、資源と時間は無駄に浪費され、国は荒れ果てる一方。唯一喜んでいるのは、無謀な命令を出した貴族だけです。あれはまるで、人の死を見るのが楽しい変質者みたいなものです」言葉の最後には、シルヴァイルの口調は吐き捨てるかのようになっていた。
「変質者、ねえ」ルザリアがティーカップをスプーンで掻き混ぜながら言った。
「80年に起きた災厄だって、似たようなものですよ。少なくても片方の当事者に『変質者』が混じっていたのは確かなんですから。そのせいで、防げるはずの戦いも防げなくなってしまった……」
「うん……。結局、あの時は防げなかったわね……」リスティルの顔が僅かに翳った。
「でも、2人とも──いや、6人みんなで努力はしたんでしょ? それはあたしだって知ってるよ」ルザリアが2人を慰めるように言った。
「確かに……いや」シルヴァイルは首を横に振る。「結局、災厄は防げなかったのだから一緒ですよ……何もしなかったのとね。努力しても成果が残せないのでは、『その努力は無駄骨に終わった』と言われても反論できません」
「でも、あんた達の努力があったから、完全な破局は防げたんでしょ? 4980年に戦争が起こる前にも、あんた達のおかげで、1回険悪な空気を解くことができたんだし」
「その前と仰いますと……ディアドラ様の件ですか」
「そう」ルザリアは頷いた。
 ディアドラ・ファヴィス──4980年にレイゴーステムを襲った災厄を語る時、彼女の名前を外して物語を進めることはできない。4960年3月11日に生を受けた彼女は、その若さと美しさを兼ね備えた見栄えと透き通った流麗な言葉、そして万人に分け隔て無く優しく接する暖かさと優しさを全て兼ね備えていた。当時のリマリック帝国の人々は、そのような彼女の姿と人柄を褒め称え、「帝国随一のお姫様」という最高級の賛辞を送り、その名声はリマリック帝国の外にまで伝わるほどであった。4980年に発生したファヴィス家の反乱では、彼女は長引く戦乱を嘆きながらも人々に団結を訴え、レイゴーステムで抗戦を続ける人々の心の支えとなった。4980年12月24日──レイゴーステム陥落の3日後に訪れたザルヴァイラス処刑場での最期は、レイゴーステムだけではなくエルドール大陸全土で語り伝えられる悲劇となり、彼女には「嘆きの聖女」という異名すら付けられるようになっていた。
「いや、『あれ』は結局無駄骨になってしまったじゃないですか。災厄を防いだのではなく、災厄を遅らせただけなんですから。あの戦争の『全て』を知っている私達から見れば、ファヴィス家が滅んでいく過程は、あの時から始まっていたとしか思えません」シルヴァイルはここでティーカップの中身を飲み干すと、徐(おもむろ)に立ち上がった。「さて、そろそろ出発しましょう」
「どこに行くんだい?」
「墓参りですよ。その『嘆きの聖女』様のね」

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